肥満や高脂血症と歯周病との関連 




Y 肥満や高脂血症と歯周病との関連
九州大学大学院歯学研究院口腔保健推進学講師
齋藤俊行
九州大学大学院医学研究院病態機能内科学講師
清原裕
はじめに
人類の歴史は飢餓の歴史と言われるほど有史以前より人類は飢餓の危険にさらされ、何度 かの氷河期を乗りこえて生き延びてきた。その長い年月を経て、人類はエネルギーを節約し 蓄積することによって飢餓を乗り越えるメカニズムを獲得してきたといわれている。飢餓が 直接生命に関わる緊急の課題である傍ら、肥満はいわゆる生活習慣病を引き起こし、間接的 に生命を脅かしていることはもはや疑いのない事実である。そして今、肥満の増加というこ れまでに人類が経験したことのない生物学的な危機が訪れようとしている。現在地球上では 12億人が飢餓に瀕している一方で、12億人の肥満者がいるとさえいわれている。この食料エ ネルギーの極端な偏りは社会的に解決していかなければならない問題であろう。
歯は食に直接関与するにもかかわらず、これまで歯科分野から食生活へのアプローチはあ まりなされてこなかったようである。食生活の変化、特に砂糖の消費とともに増加してきた う蝕は文明病の側面を持っているが、歯周病は古代からその存在が認められており、寿命の 延長とともに注目されるようになってきた疾患である。
意外なことに食事と歯周病との関連 についてはこれまであまり報告がなかったが、近年、歯周病と全身健康状態との関連が注目 されるようになり、肥満が歯周病とも関連していることが報告されている。
肥満は糖尿病の 最大の危険因子であり、糖尿病と歯周病は相互に関連しているといわれている。
また、肥満 は虚血性心疾患の重要な危険因子でもあることから、歯周病と虚血性心疾患との関連を明ら かにするためにも、肥満と歯周病との関連について詳細な検討が必要である。

1.肥満とは
1)肥満の定義
肥満とは、中性脂肪(おもにトリグリセリド、TG)が脂肪組織に過剰に蓄積した状態と 定義され、エネルギーの摂取(食事)がエネルギーの消費(運動)に対して過剰な状態が続 くことによって生じる1)。
2)肥満の指標と判定
_ BMI(体格指数、body−mass index)
肥満を示す指標には古くからさまざまなものが提案されてきたが、近年最も普遍的な 指標としてはBMI(体格指数、body−mass index)があげられる。
BMI は、体重(kg)を身長(m)の二乗で除した簡便なものであることから、疫学調査で広く用いられてい る。
近年WHO によってBMI の基準値が提案されているが、日本人の場合
BMI 30以 上の肥満者は非常に少ないこと、
BMI は22が最も疾患のリスクが低く、
25以上でさま ざまな疾患のリスクが上昇することがわかっている。
日本肥満学会はこれらのことを考 慮したうえで、WHO の基準にできるだけあわせたかたちで日本人の基準値を示してい る1)。
WHO の定義では25−30でオーバーウエイト(過体重)30以上で肥満としている が、日本人の場合25以上で肥満と判定される。各BMI に対する身長と体重の例を表1 に同時に示したので、参考にされたい。

_ 体脂肪
BMI は筋肉量が多いと高くなるので、体脂肪の蓄積という肥満の定義に必ずしも一 致しない場合が多い。
そこで全体重に対する体脂肪量の割合である体脂肪率が、肥満の 状態を示す指標としてはより合理的である。
体脂肪率は女性では30%以上、
男性では25 %以上で肥満と判定される。
体脂肪の測定には様々な方法がある2)。

・皮下脂肪厚測定法
健康診断などの現場ではBMI にあわせて、簡便な皮脂厚測定法が古くから行われて いる。肩甲骨下部や上腕背側、腸骨棘部などの部位で皮脂厚計を用いて測定されるが、 測定者間の誤差が大きく熟練を要することや、皮下脂肪のみしか評価できないなどの欠 点がある。
・生体インピーダンス法
筋肉は電流を通しやすいが脂肪は通しにくいという性質を利用し、生体に微弱な交流 電流を流したときの抵抗値(インピーダンス)から脂肪量を推定する方法がバイオイン ピーダンス法である。
原理も測定も簡単なことから近年、家庭用の測定器が次々と商品 化されもっともポピュラーな方法となった。
この方法は年齢、性別、身長などの条件を設定して電極間の抵抗値から脂肪率を推測するため、 絶対値としての精度は低いが経時的な変化を見る場合には有効である。
つまり家庭における健康づくりの一環として、体 重管理にあわせて体脂肪の管理を行うことが可能になってきた。

・DEXA 法(二重X 線吸収法)
波長の異なる2種類のX 線で全身をスキャンし、その透過率の差から軟組織や骨の 密度を測定する方法がDEXA 法(Dual energy X−ray absorptiometry)である。
骨密 度とともに体脂肪を正確に測定でき再現性も高い。また被爆量はきわめてわずかで測定 による侵襲や負担は大変少ない。この方法は大がかりで大変高価な装置を必要とする が、体組成測定のスタンダードともいえる方法であり利点も多いため健診施設などで近 年広まっている。

・体密度法
脂肪組織とそれ以外の組織の密度差を利用して、全身の体積と体重から脂肪量を計算 する方法である。
水中体重秤量法、空気置換法、ガス希釈法などがあるが、測定が大変 なため最近ではあまり用いられていない。
・その他の測定法として、近赤外線法、体水分量測定法、体内K 測定法、CT、MRI な どがある。

_ 内臓脂肪
近年、内臓脂肪の蓄積が多くの疾患や代謝障害と関連していることがしだいに明らか となり、同じ肥満でも疾患のリスクの高い内臓脂肪型肥満を健康上あまり問題のない皮 下脂肪型の肥満と区別しようという試みがなされている。

・ウエスト値(腹囲)
肥満には従来より、上半身肥満(男性型、リンゴ型)と下半身肥満(女性型、西洋梨 型)という分け方がある。
上半身肥満の者に内臓脂肪の蓄積が多く認められることから、 疫学調査などでは、計測が簡単にできるウエスト/ヒップ比が上半身肥満の簡便な指標 として使用されてきた。
ウエスト/ヒップ比は女性の場合0.8以上、男性では1.0(日本 人では0.9)以上がいわゆる上半身肥満と判定される。
さらに近年ではウエスト値(腹 囲)そのものの方がより密接に肥満に伴う健康障害の発症と関連することが報告される ようになり、
日本人の場合、男性で85cm、女性で90cm 以上が健康上好ましくない上半 身肥満と判定されている。
女性の方が基準値が大きいのは皮下脂肪が多いことによる。 この基準値は下記の腹部CT 検査における内臓脂肪の面積100cm2に相当するウエスト 径である。

・腹部CT 検査
正確な内臓脂肪型肥満の診断には、脂肪面積の測定ができる腹部CT 検査が必要であ る。
同検査により臍位で撮影したCT 画像から内臓脂肪面積と皮下脂肪面積の比率が0. 4以上を内臓脂肪型肥満とする判定基準が提唱されていた。
現在では、比率よりも内臓 脂肪の絶対面積のほうが内臓脂肪型肥満の診断に合致することから100cm2以上で内臓 脂肪型肥満と診断される。

3)肥満症とは
日本肥満学会では「肥満に起因ないし関連する健康障害を合併するか、その合併が予測さ れる場合で、医学的に減量を必要とする病態」を肥満症と定義し、ひとつの疾患として位置 づけした1)。
ここでいう健康障害とは10の疾患群、すなわち、
2型糖尿病・耐糖能障害、脂 質代謝異常、
高血圧、
高尿酸血症・痛風、
冠動脈性疾患、
脳梗塞
睡眠時無呼吸症候群、
脂 肪肝、
整形外科的疾患、
月経異常 であり、いずれも減量による病態の改善が望まれるものに 限定されている。
肥満症はこれらの健康障害の有無や、BMI、ウエスト値、腹部CT 検査に よって診断される。(図1)

4)肥満の現状
喫煙対策が進んだ米国において、肥満は健康上最も深刻な問題である。
米国ではBMI 30 以上の肥満者の割合が、1976−80年から1988−94年までのおよそ 12年間に男性で12.3%から 20%に、女性では16.5%から24.9%にまで増加していた3)。
その後、米国疾病対策センター は、BMI30を超える肥満者の割合を州別に調査し、過去18年間にわたる分布図を作成しイ ンターネットで公表している4)。
これは肥満者の急増を伝染病が広がっていく様子になぞら えて作成されたと思われるが、これを見る限り中東部を中心に始まった肥満者の「蔓延」は 全米に広がり深刻である。
イギリスでは1980年から1995年の間に8%から15%に増加したと 報告されているが、肥満は先進国に限らず一部の途上国や新興工業経済地域(NIES)、その 他アジアや太平洋の島々でも増加している。
日本人の場合、約15万人を対象にした大規模な BMI の調査からBMI30以上の肥満者の割合は男性1.86%、女性1.98%と報告されており、 欧米に比べると極めて少ないが、BMI25以上とするとその割合は男性27.5%、女性18.9% である1)。
国民栄養調査によると1980年以降、若い女性を除き男女ともすべての年齢層にお いてBMI は増加している。
われわれの関与する福岡県久山町における疫学調査においても 1961年以降BMI25以上の肥満者の割合は男女とも増加している5)。
前述のように日本人の 場合はBMI25以上でさまざまな疾患のリスクが上昇することを考え合わせると、日本でも やはり肥満が健康上の重要な問題となりつつあるといえるだろう。

2.疾患のリスク因子としての肥満
肥満は、糖尿病、高血圧、高脂血症、動脈硬化、心疾患などのリスク因子であり死亡率を 高めることは数多くの報告からもはや疑いようのない事実である。
これらの疾患のうち特に 2型糖尿病へ及ぼす影響は男女ともに飛び抜けて強いようである3)(図2)。
日本人の場合、 前述のようにBMI30を超える肥満は2%足らずと、2割を超える米国にくらべ極めて少な いが、成人糖尿病人口をみると、米国白人が7−15%であるのに対し日本人は4−12%と大 きな差はなく、日本人は軽度の肥満でも健康障害を起こしやすい素因をもつことが明らかと なっている6)。
1998年に米国で発表された30万人を越える大規模な疫学調査の結果において、成人の死亡 率が最も低いのはBMI19−21.9であった。
これによると肥満は54歳以下の比較的若い年齢 層ほど心疾患に対する影響が強く、30−44歳の男性の場合、BMI が1増加する毎に虚血性 心疾患(冠動脈疾患)による死亡が10%ずつ増加していた7)。
虚血性心疾患や脳血管障害の 多くは動脈硬化を基盤に発生するが、動脈硬化症は肥満を始めとするいくつかの危険因子が 関与しているため、これら複数の危険因子をひとつの集合体としてとらえようという考えが 広まりつつある。
例えばシンドロームX、インスリン抵抗性症候群、死の四重奏、内臓脂肪 症候群、などが提唱されてきたが、いずれも肥満と密接に関連した概念である。
これらは近 年、糖代謝異常、脂質代謝異常、高血圧、中心性肥満などの組合せによって定義されるメタ ボリックシンドローム(metabolic syndrome)として統一されつつある8)。
2003年、肥満は癌による死亡率も高めていたことが米国で報告され注目を浴びている。こ の調査では90万人を超える膨大なボランティアに質問票を配布して16年間追跡した結果、6 万人弱が癌で死亡していたが、驚いたことに肥満はあらゆる部位の癌死亡と有意に関連して いた9)。
女男
図2 BMI と各疾患の相対危険度との関連
女:30−55歳、18年間追跡
男:40−65歳、10年間追跡
Kopelman,2000 文献3)より改変


3.歯周病と肥満
1)歯周病と肥満についての疫学
糖尿病が歯周病を増悪させることは古くから知られている。他方、肥満は2型糖尿病の最 大のリスク因子であることを考えると、糖尿病の前段階である肥満が歯周病に影響する可能 性がある(図3)。
1977年にPerlstein らは高血圧を伴う肥満ラットでは歯周病が悪化しやす いことを報告したが、意外なことにその後、肥満と歯周病についての研究は見当たらなかっ た。
1998年に、福岡市健康づくりセンターにおける健診結果より、肥満が歯周病と関連してい ることが初めて報告された10)。
この報告では肥満の指標としてはBMI と体脂肪率が、歯周 病の指標としてはCPI(community periodontal index)が用いられた。
その結果、特に疾 患のない20−59歳の成人241においてBMI が高いほど歯周病の有病率が増加していた。さら に、歯周病の危険因子と考えられている年齢、性別、口腔清掃習慣、喫煙歴の影響を調整し たロジスティック回帰分析を行ったところ、歯周病罹患の相対危険度は、BMI が20未満の 者を1とすると、BMI が20から24.9の者では1.7倍、BMI が25から29.9の者では 3.4倍、BMI が30以上の者では8.6倍であった。
同様の分析を体脂肪率について行ったところ、体脂肪率 が5%上がるごとに歯周病の相対危険度は1.3倍増加していた。
同報告では、過去2ヶ月間 の血糖値の平均を示す糖化ヘモグロビン(HbA1c)値や空腹時血糖値と、歯周病との間に 関連は認められなかったが、これは両検査値がほぼ正常な範囲内であったためではないかと 考えられた。
一方、HDL コレステロール値が60mg/dL 未満の者に歯周病がより多く認めら れたことから、現時点では概ね健康であっても肥満に関連した全身の状態、例えば、メタボ リックシンドロームなどの代謝異常の状態によって歯周病が発症、増悪している可能性が考 えられた10)。
さらに種々の運動能力テストの結果と歯周病との関連を調べたところ、日常の 運動量と強い相関を示す最大酸素摂取量が歯周病と有意に関連しており、運動面からも肥満 と歯周病との関連が支持された。その後同センターは、肥満と歯周病との関連を別の対象者 で追試し、内臓脂肪の指標のひとつであるウエスト/ヒップ比と歯周病との関連を報告して いる。それによると、1998年−1999年に福岡市健康づくりセンターを受診した643人を対象 に分析を行ったところ、BMI、体脂肪率、ウェスト/ヒップ比いずれについても、その値が 高いほど深い歯周ポケットを有する者の割合が多かった11)(図4)。
そこでウエスト/ヒッ プ比を用いて、その値が低いグループと高いグループ(上半身肥満)に分け、さらに各グルー プをBMI 値で4グループに分け、最終的にウエスト/ヒップ比の低い4つのBMI のグルー プと高い方の4つのBMI のグループ、すなわち8グループに対象者を分けた。
その結果、 ウエスト/ヒップ比が低くBMI も低い者の歯周病のリスクを1とした場合、ウエスト/ヒッ プの高いグループでのみBMI が高いほど歯周病のリスクが有意に上昇していた(図5左)。 ウエスト/ヒップ比と体脂肪率にて8つのグループにグループ分けした場合もほぼ同様の結 果が得られた(図5右)。
これらはいずれも年齢、性別、口腔清掃習慣、喫煙歴などの影響 を調整した後も有意であったことから、歯周病が上半身肥満と関連していることが示され、 内臓脂肪の蓄積との関連が推測された。

その後、国際歯科研究学会(IADR)やアメリカ歯周病学会(AAP)などで、肥満と歯周 病との関連が徐々に報告されるようになった。
2003年に歯周病専門誌に相次いで報告があ り、Wood らはアメリカ国民健康栄養調査(NHANES III)の結果から、アタッチメントロ スと肥満の各指標が有意に関連していることを示した12)。
同じくNHANES III の結果から、 Al−Zahrani らは特に18−34歳の若いグループに於いて、BMI やウエスト値が歯周病と有 意に関連していることを報告した13)。
このことは、肥満が虚血性心疾患や死亡率に及ぼす影 響が若年者ほど強いとの報告と考え合わせると、たいへん興味深い7)。

2)肥満が歯周病を引き起こすメカニズム
口腔領域の広範囲に壊死を引き起こす水癌(Norma)は大変重篤な疾患であり、アフリ カなどの途上国でしばしば報告されている。
この疾患は栄養失調時に見られるため、栄養と 免疫能の関連を示すものとして知られている。逆に、絶食によって免疫能が向上するとの興 味深い報告もある。
1980年代にさまざまな疾患の危険因子として肥満が注目されるようにな ると、肥満と免疫との関連についての報告が増えた。
肥満者では単球の殺菌能の低下、ナチュ ラルキラー(NK)細胞の活性,免疫グロブリンの低下、またB リンパ球やT リンパ球の機 能低下と体重減少による可逆的な回復、またB 型肝炎ワクチンによる抗体が出来にくいこ となど、さまざまな報告がなされてきたが、統一した見解は見当たらなかった。脂肪細胞か ら分泌されるレプチンが1994年に発見され、レプチンが満腹中枢を刺激することによって食 欲の抑制とエネルギー消費の増大を引き起こすことが明らかとなり、「ダイエット薬」の開 発へつながる可能性があるとして脚光を浴びた。
それをきっかけに肥満研究、特に脂肪細胞 の研究が盛んになり、脂肪細胞からはさまざまな生理活性物質が分泌され、全身へ影響を及 ぼしていることがわかってきた(図6)。
このように近年、脂肪細胞はレプチン以外にもTNF −?、アディポネクチン、PAI−1(plasminogen activator inhibitor−1)、性ホルモン、ア ディプシン(D 因子)など、さまざまな生理活性物質を産生する巨大な内分泌器官であるこ とが明らかとなり、エネルギー貯蔵以外にも重要な役割を持っていると考えられるように なってきた14)。
そこで、これらの生理活性物質と歯周病との関連について考察してみよう。
歯周炎によって歯周局所にはTNF−??が発現し、歯槽骨吸収を引き起こすことが分かって いる。
このことは肥満者の脂肪組織から多量に分泌されたTNF−??が、歯周局所における 歯槽骨吸収を促進する可能性を推測させる。一方、脂肪組織から分泌されたTNF−??は、 インスリン抵抗性に直接関与していることが最近明らかにされており、たいへん興味深い。 肥満マウスや肥満ラットでは、LPS(菌体内毒素)の肝毒性に対する感受性が強くなること が報告されている15)。この感受性の増強は、肥満によるクッパー細胞(肝臓に常在するマク ロファージ)の機能低下や、肝細胞のTNF−??に対する感受性の増強によると推測されて いる。もし、肥満が歯周局所においてもマクロファージの機能低下やTNF−??感受性の上 昇を引き起こすとすれば、歯周炎が増悪しやすくなると考えられる。
糖尿病が脈管系に及ぼす影響としては大血管障害と小血管障害がある。糖尿病患者に併発 する歯周炎は小血管障害に関連していると思われるが、糖尿病の前段階である肥満や高脂血 症などの状態でも、末梢血管に何らかの変化が生じ、歯周局所の免疫反応に影響を及ぼして いる可能性が考えられる。
PAI−1は血液の凝固を促進し虚血性心疾患に関与していること が知られているが、脂肪組織からPAI−1が分泌されていることがわかっている14)。血中に PAI−1が増加すると歯周組織の微細な血管にも血液循環障害が生じる可能性がある。実 際、歯肉の炎症において、プラスミノーゲンの活性化が何らかの役割をもつことが報告され ている。
アテローム動脈硬化症の初期には、血管内膜でマクロファージが泡沫化し、泡沫細胞となっ て集積する。このマクロファージ泡沫化に低比重リポ蛋白(LDL)や高比重リポ蛋白(HDL) が関与している。歯周局所においてもこのように肥満者に多いLDL が単球やマクロファー ジの動態に影響を及ぼしているかもしれない。また、脂肪組織は補体活性化における別経路 の上流に位置するD、B、C3などの因子を合成し分泌する14)。さらに、LPS などの外来性 刺激物質が存在しなくても、活性型のC3a、Ba、Bb などを生成する。このような脂肪組 織における補体系因子の生成も、歯周炎と関連している可能性があると考えられる。

4.歯周病と肥満関連疾患との関連性
1)歯周病と糖尿病
前述したように糖尿病の最大の危険因子は肥満であるが、近年肥満も糖尿病も増加してい ることから大きな問題となりつつある。
1997年に実施された糖尿病実態調査によると、わが 国の成人の8.2%は糖尿病であり8%が境界型のいわゆる糖尿病予備軍であったが、2002年 の同調査ではそれぞれ9%と10.6%であり5年間で急速に増加している。われわれは肥満と 歯周病との関連性について調べていく中で、歯周病がわが国で増加傾向にある糖尿病の危険 因子である可能性をみいだした16)。
糖尿病患者には歯周病が多く、また糖尿病が歯周病を悪化させるとの数多くの報告から、 歯周病は糖尿病の6番目の合併症といわれている。
一方、糖尿病患者の歯周病治療が患者の 血糖コントロールを改善させるとの報告が増え注目されている。虚血性心疾患の原因となる 動脈硬化は炎症性疾患であることが明らかにされてきたが、近年では、糖尿病にもまた慢性 炎症が関与しているといわれている。たとえば、C−反応性タンパク(CRP)やインターロ イキン6(IL−6)などの炎症性マーカーの僅かな上昇が2型糖尿病の指標となりうること が報告されている17)。これらの原因としては、クラミジアやサイトメガロウイルスの感染が 指摘されているが未だ不明な点が多い。
歯周病はグラム陰性嫌気性菌によるごくありふれた 慢性の炎症性疾患であり、重症化するまでは無症状で気がつかないことが多い。何らかの処 置を必要とする潜在的な歯周病患者は軽症なものも含めると成人の8割に上るとさえいわれ ている。
近年、歯周病が虚血性心疾患の危険因子であることを示す報告が増え、多くの研究 者の注目を浴びているが、これに関連して歯周病患者ではCRP やIL−6などの炎症性マー カーが上昇していることが多数報告されている18)。
これらの報告と糖尿病が虚血性心疾患の 重要な危険因子であることを考え合わせると、歯周病が糖尿病を引き起こし、二次的に虚血 性心疾患のリスクを増大させている可能性が考えられる。

福岡県久山町では九州大学大学院医学研究院病態機能内科学(第二内科)が1961年から全 町民を対象に成人健診を実施しており、多数の成果をあげている。
我々のグループは同町の 成人健診に歯周病健診を導入し全身の健康状態との関連性を調べている。
1998年に歯周病健 診を受けた1111人のうち10歯以上を有する者を対象に、住民健診の結果のうち特に糖尿病の 確定診断に使われる糖負荷試験の結果について10年前まで遡って分析を行った16)。
10年前に 健診を受けた者が対象となるため対象者は50−79歳の591人であった。
さらに、その中から 1988年の糖負荷試験の結果が正常(normal glucose tolerance, NGT;空腹時血糖値<110mg /dL かつ糖負荷後2時間値<140mg/dL)であった415人について10年後の糖負荷試験の結 果と歯周病健診の結果との関連性について分析した。
その結果、歯周ポケットが深い者ほど10年前には正常であった糖負荷試験の結果が有意に 悪化しており、深い歯周ポケットが耐糖能異常(impaired glucose tolerance, IGT,境界型 糖尿病)を引き起こしている可能性が示された(表2)。
また我々は、同じ調査において歯 周病が虚血性変化を示唆する心電図異常とも関連していることを初めて報告した19)。
これら のことから、歯周病は耐糖能を悪化させることによって二次的に虚血性心疾患の危険因子と なっていることが示唆される。コホート研究によってこれらの因果関係を実証する必要があ る。

2)歯周病と脂質代謝異常
栄養状態が免疫機能に影響することは古くから知られているが、原形質膜は主にリン脂質 でできているので当然摂取される脂肪のタイプや量の影響を受ける。
これは多形核白血球な どの免疫担当細胞にも当てはまるが、実際、高脂肪食や脂肪酸が免疫機能を低下させること、 Porphyromonas gingivalis(PG)に対する殺菌能が低下することなどがヒトにおいても報告さ れている20)。
近年、高脂血症が歯周病と関連していることが、動物実験によって確認されて いるが、疫学的にも複数の報告がある。
Katz らのおよそ1万人を対象にした疫学調査によ ると、CPITN 値の高い者ほど総コレステロールやLDL コレステロールが高い値を示し た21)。
Noack らは100人を対象に高脂血症は歯周病の危険因子であるが、耐糖能異常は歯周 病の危険因子ではないだろうと報告している22)。
しかしこれらの多くは断面調査であること から、逆に歯周病が高脂血症の危険因子である可能性についても指摘されている20)。 ごく微量のLPS やTNF−?、IL−1、IL−2などのサイトカインが脂質代謝に悪影響を 及ぼすことは以前から知られており23)、これらの物質が歯周病によっても誘引されることを 考えあわせると、歯周病が脂質代謝に何らかの影響を与えている可能性は十分考えられる。
Cutler らはラットを用いた実験で、PG の感染による歯周病が血糖値には影響ぜず、中性脂 肪(TG)を上昇させることを報告した20)。現在のところ、歯周病が何らかの経路で脂質代 謝に悪影響を及ぼしているのか、脂質代謝異常あるいはそれに関連した状態が歯周病を悪化 させているのか、まだまだ不明な点が多い。
後述するように、脂質代謝異常と糖代謝異常は いずれも肝機能と深く関連している。糖代謝異常の前段階として脂質代謝異常が引き起こさ れているとすればたいへん興味深い。

3)歯周病と肝
脳をはじめとする身体の機能を維持するため、肝は食事に関わらず血糖値を維持し糖の恒 常性を保つ役割を担っている24)。
解剖学的な位置からも肝は膵から分泌されたインスリンの 最初の標的器官であると同時に、消化管より吸収され門脈に入った糖が最初に利用される器 官でもある。食後の肝は消化管から吸収された糖の一部をグリコーゲンとして取り込みつ つ、残りを体循環に放出する。そのため肝における糖の取り込みが低下すれば食後高血糖、 つまり耐糖能異常の状態となる。また肝に貯蔵されたグリコーゲンは糖産生のための分解が はじまるとおよそ一日で枯渇し、次に脂肪の分解による糖新生が亢進することによって血糖 値を維持する。
また食事由来の、あるいは脂肪組織に蓄積した中性脂肪(TG)から分解さ れた遊離脂肪酸は門脈経由で肝に流入し、肝で分解されればエネルギーとなり、一方、再度 TG を経て超低比重リポタンパク(VLDL)として血中に放出される25)。このように肝は糖 および脂質代謝を担う重要な臓器である。
肥満や糖尿病に伴う脂肪肝や非飲酒者の脂肪性肝炎(NASH)の発症の機序は十分に解明 されていないが、グラム陰性菌のエンドトキシンであるLPS(リポポリサッカライド)の 関与が指摘されている。LPS はさまざまなサイトカイン産生の引き金となるが、これらは 脂質代謝に影響し異常を引き起こすといわれている23)。歯周病患者における抗LPS IgG抗体 値は上昇していることが知られており、前項で述べたように歯周病と高脂血症との関連を示 すいくつかの報告がある20)。
近年、歯周病と脂肪肝との関連性を推測させる結果が報告され た。それによると、深い歯周ポケットを有する者では、血液検査の結果から脂肪肝の傾向が 強いことが示されている26)。歯周病細菌のLPS が肝に悪影響を及ぼし、ひいては脂質代謝 異常や耐糖能異常につながっているのかもしれない。

おわりに
歯周病の直接的な要因は歯周病関連細菌であることに疑念の余地はないが、その病因論が 明らかにされていくにつれ、歯周病の発症や進行は、さまざまなリスク因子の影響を受けて いることが明らかになってきた。
中でも心疾患をはじめ多くの生活習慣病の重要なリスク因 子である喫煙が、歯周病を悪化させることはほぼ確実と考えられている。
喫煙と同様に肥満 も脈管系に影響し多くの疾患のリスクを高めることを考えると、メカニズムは異なっていて も、歯周病との関連を考える上でたいへん興味深い。
肥満と歯周病との関連はようやく見え てきたばかりであり、現在のところその機序についての報告はなく、疫学的にも、肥満は歯 周病と真のリスク因子の間に介在する、単なる交絡因子である可能性も否定できない。
今後、 さらに疫学的な手法による証明と実験的な手法による理論的な裏付けが望まれる。

最後に、 肥満から虚血性心疾患への一連の流れの中に歯周病を位置づけしてみた(図7)。動脈硬化 症が炎症性疾患であることから、歯周病細菌による炎症がTNF−?、IL−6、CRP などを 誘導し、それが動脈硬化や耐糖能に何らかの形で関連するのではないかとの仮説が、近年唱 えられはじめている。肥満が歯周病を悪化させるとすれば、これらは双方向性にさらに複雑 に関わり合っていることとなる。これを解き明かして行くことで、生活習慣病の予防や改善 に少しでも寄与できればと考えている。

「高齢者における歯の健康と身体障害や死亡リスクとの関連性」
我が国では世界で類をみない速さで高齢化が進んでおり、大きな社会問題となっている。 高齢者の死因の多くは嚥下性肺炎によるとされており、歯周病など口腔疾患や口腔ケアとの 関連が注目されている。
嶋崎らは北九州市の高齢者施設入居者の87%に及ぶ1929人を対象に 追跡調査を行い興味深い結果を報告している27)。
まず調査開始時の歯の状態から対象者を 1:20歯以上ある者、
2:1−19歯で義歯を使用している者、
3:1−19本で義歯を使用し ていない者、
4:無歯顎で義歯を使用している者、
5:無歯顎で義歯を使用していない者、 の5つのグループに分類した。 そのうち自立歩行可能な483人について6年後の身体的な状 態を調べたところ、歯が少ない者ほど歩行困難や寝たきりになっている者が多かった。
身体 的な障害に関連すると考えられる年齢や精神的健康状態など、他の因子を考慮して分析した ところ、無歯顎で義歯を装着していなかった者では、20本以上の歯を有する者に比べ、6年 間の身体的障害発現のリスクが約6倍であった(図8a、P <0.01)。
同様の分析を開始時 に認知症(痴呆)等の精神的障害のなかった517人について行ったところ、有意ではなかっ たものの歯がない者ほど認知症等の精神的障害の発現リスクが高まる傾向が認められた (P <0.1)。
さらに、生存または死亡の確認が可能であった1762人について、年齢や他の疾 患など死亡率に関連する因子で調整して分析したところ、歯がなく義歯も装着していなかっ た者では、20本以上の歯を有する者に比べ、6年間の死亡リスクが1.8倍(図8b、P <0.05) であった。
これらのことから歯の健康、とりわけ咀嚼機能の維持が高齢者のQOL のみなら ず、全身の健康や寿命にも強く関連していることが示唆された。
参考文献










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