東京保険医新聞1/25号より。

            TPPでアメリカが狙うもの 

2011
年の暮れに日本はTPPへの交渉に参加するか否かで全国民を巻き込んだ議論が交わされた。マスコミの報道では農業や輸出の問題として取り扱われることが多かったが、交渉内容は実際には幅広い分野に渡ると言われている。協会政策調査部は20111212日、フリージャーナリストの東谷暁氏(写真)を招いて時局講演会「TPPと公的医療保険制度」を開催した。その概要をお知らせする。


「医療保険制度は交渉の対象外」はウソ
 20119月中旬にアメリカ通商代表部(USTR)から「医薬品へのアクセス拡大のためのTPP貿易目標」という文書が出されている。この文書には医薬品の関税・流通ルートなどの障壁の撤廃、(米国による)ジェネリックの法的管理、政府の健康保険払い戻し制度(東谷氏は医療保険制度のことだと指摘している)の運用を透明性、公平性の観点から見直すことなどを要求してきている。

政府、特に厚労省はこの文書をひた隠しにして、「公的医療保険制度はTPPの議論の対象とはならない」という立場を主張していたが、小宮山厚労相がすでに文書を受け取っていると発言したため、野田首相は「交渉の対象になる可能性は否定できない」と答弁した。東谷氏は「このような経過にも関わらず、総理は記者会見で交渉参加を行うと発表し、APECへと向かった。これは日本国民への完全な裏切りだ」と自身の見解を語った。
 また、アメリカが日本の医療分野に関して要求してきたのは今回だけではない。遡ると、2004年には日本投資イニシアティブ報告書を発表し

@  医療サービス分野における営利法人の参入機会の拡大、AMRIPETといった検査など特定の医療行為の外部委託を認めること、
B混合診療の解禁を要求し、2011年の日米経済調和対話では新薬・最新医療機器の審査の迅速化によるドラッグラグ、デバイスラグの解消や、14日の処方日数制限の緩和を求めてきている。同年、USTRも外国貿易障壁報告書において「厳格な規制によって、外国事業者を含む営利企業が営利病院を提供する可能性など、医療サービス市場への外国アクセスが制限されている」と意見を述べている。


●TPP
でアメリカが狙うもの
 2006年にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4カ国で始まったTPPになぜアメリカが入り込んできたのか。アメリカは金融と投資サービスの市場を狙っていると東谷氏は指摘する。2008年にリーマン・ショックが起こったことは記憶に新しいが、アメリカ経済の稼ぎ頭はこの2分野である。マスコミは今回のTPPの議論を農業の問題として報道する傾向にあったが、東谷氏は「アメリカは農作物の輸出拡大は望んでおらず、強いて言えば、狙いは現在46兆円の資産を持つJA共済の解体だ」という。

そしてそれを実現してしまうのがTPPのなかに盛りこんであるISD条項だ。この条項は投資先の国の政策や規制措置によって不利益を被ったと企業が判断すれば、相手国の政府を訴えることができる仕組みである。現在多くの二国間・多国間協定に盛り込まれているので、心配する必要はないという意見もあるが、東谷氏は「実際にISD条項を活用して賠償金をとってきたのはアメリカの企業が圧倒的に多い。アメリカ以外の参加国と協力してISD条項は盛り込まないように交渉しなければいけない」と強調した。


米韓FTAの結果を見直す
 「このようななかで今、TPPに参加した場合どうなるかを予測するには、昨年11月に成立した米韓自由貿易協定(米韓FTA)の内容を分析することが必要である」と東谷氏は指摘した。米韓FTAは農業に少し我慢してもらっただけで、輸出や国内改革が進み、韓国にとって大きな成功であるというイメージが韓国内で報道された。

しかしそのイメージは実態と大きく乖離する。農業では米以外は今後5年で関税が100%撤廃されてしまう。自動車に関しては韓国からアメリカへ輸出する場合の関税2.5%が撤廃される反面、アメリカから入ってくる自動車に関しては韓国内の排ガス規制、環境規制を緩和させられ、アメリカ側が大きなアドヴァンテージを得た。金融部門では韓国内の農協、漁協、セマウル金庫(日本の信用金庫のようなもの)の共済は解体されると同時に、韓国政府は郵政の民営化までも許してしまった。知的財産権については、医薬品も含めてより一層厳格に運用されることで、世界銀行の試算によれば韓国は155億ドルの損失を被るという。

人の移動については韓国内の会計や法律といった分野において、アメリカ人の営業活動が段階的に自由化されることとなった。
 このように様々な分野に影響を与えた米韓FTAは当然のように医療にも市場化を求めてきている。米韓FTAの第5章は医薬品、医療機器について定めた章である。第5章によれば、医薬品・医療機器は市場価格を基準にすること、公的医薬品・医療機器払い戻し(償還)制度においても、市場価格が基準となる。このため薬価は高騰することが予測される。またアメリカは透明性を確保するという名目で、制度や法律の変更の際には事前に関連する法人にコメントを求めなければならないように取り決めを行い、これらのルールが運用されているかどうか、委員会を設置して監視することを韓国に認めさせた。

 ジェネリックという言葉が世間に浸透して久しいが、後発医薬品についても大きな制限が課された。医薬品の特許が切れる前に、他企業が類似品の治験を行って製造しておき、特許が切れた瞬間に売り出すことができるというボーラー条項とよばれるものは、この米韓FTAでは完全に否定された。
個々の問題について大きな影を落とす米韓FTAだが、東谷氏は「韓国内のアメリカ保険会社が韓国政府の政策変更によって損失を被った場合は提訴する可能性もある。韓国の国民健康保険制度そのものが制約される恐れもある」と警鐘を鳴らす。


「特区」とTPPの関係
 もうひとつ忘れてはならない重要な要素が「特区」だ。

韓国では2002年に経済自由区域の指定及び運営に関する法律が制定され、05年には韓国人が経済自由区域内の外資系病院を利用できるようになった。そして06年に「済州特別自治道の設置及び国際自由都市の造成のための特別法」なるものが登場した。この特別法によって、外国人が設立した法人が済州自治道に医療機関を開設可能となると同時に、これらの医療機関は韓国の国民健康保険法による療養機関とはみなされない、つまり健康保険外の医療が可能であることが示された。
 東谷氏は「このようなことが日本国内、特に東北地方の復興特区で起こりうるのではないか」と危懼する。その根拠には、日本経団連とアメリカ国際戦略研究センター(CSIS)が201111月に共同で発表したレポート「復興とより強い未来のパートナーシップ」がある。このレポートの第2章にはTPPと復興特区の組み合わせで経済復興をしていこうという提言が露骨になされている。

さらに第4章では市場主義的な医療制度を特区内で展開することが挙げられている。そのようななかで、117日に復興特区法が成立した。同法においては、医薬品産業拠点を形成して、医薬品、医療機器、臨床等の研究拠点を構築するとされている。
 東谷氏は平野復興相の「外国の活力を取り込んだ復興を目指したい」という発言などを紹介しつつ、「ものによっては日本国内の構造改革派のほうが先行している部分がある。こういった動きを批判しつつ、東北復興にかこつけて医療の市場化を試みるという動きに対しては、周囲へどんどん注意喚起をしていただきたい」とのべ、講演を終えた。

A
)韓国の「米韓FTAと特区の組み合わせ」
経済自由区域と済州特別自治道
2002
年 経済自由区域の指定及び運営に関する法律
2005
年 韓国人が経済自由区域内の外資系病院を利用できるようになる
2006
年 済州特別自治道の設置及び国際自由都市の造成のための特別法
 
済州特別自治道の設置及び国際自由都市の造成のための特別法
192条第1項:外国人が設立した法人は、道知事の許可をうけて、済州自治道に医療機関を
開設できる。
  同条 第4項:外国医療機関は「国民健康保険法」第40条第1項の規定にかかわらず、同
法による療養機関とは見做さない。

 B)日本における「TPPと特区の組み合わせ」
行政刷新会議におけるライフイノベーションのワーキンググループ
・「社会保障制度を財政面も含めて抜本的に見直す時期にきている」
・「医療の産業化という点では他の先進諸国に遅れをとっている」
・保険外併用療養(いわゆる「混合診療」)の原則解除
・医療法人の再生支援・合併における諸規制の見直し
 
東日本大震災復興特区についての平野復興相の答弁
・「国の内外を問わず民間の力を最大限発揮させる」
・「外国の活力を取り込んだ被災地の復興をはかる」
・「被災地をはじめ我が国に対する外国からの投資を促進する」
 
日本経団連とCSIS(アメリカ国際戦略研究センター)による
『復興とより強い未来のためのパートナーシップ』
2章「経済復興」:TPPと特区による東北地域の復興
4章「健康と復興」:コスト・エフェクティヴな医療システムを国際パネルで