少年時代その3




リレーエッセイ08年夏
昔、まだ少年だった頃、何気なく海を見たら、 彼の住む部落から隣の部落まで一キロはあろうかという一直線の壁が沖合いに出現したことに気づいた。
程なく、変な形の船が来て、海底の砂を内海に流し込み始めました。
少年の父が言うには埋め立てて田んぼを作り、最新式工法を取り入れた防波堤も作るとのことでした。 しばらく前からその関係の仕事に就き、 手回し式の計算機を扱うホワイトカラーもどきとなった少年の父はしたり顔で解説しました。
少年とその仲間たちがハックルベリーやトムソーヤごっこをした自然豊かな海岸線、 海の生き物が豊かな入り江、土木工事がそれらの環境を大きく変えてしまうことになるとは知らず、 少年たちの興味は埋め立てがいつころ終わるかにありました。 だんだん狭くなる海面を見ながら、いつ決行すべきかかを相談し合っていたのです。
とうとう、砂が内海をほとんど覆い尽くし、直径が5メートルほどの水溜りが数カ所だけになる時が来ました。さあ決行の時です。 全員がバケツを手に決戦場に向かいました。
壁の内側には、狭く浅くなった溜り場ができ、魚がごちゃごちゃにいました。 飛び跳ねます。獲りに入るとふくらはぎやむこうずねに魚がぶつかってきます。 足で踏みつけてしまいます。あっちの溜り場、こっちの溜り場と、少年たちは夢中で魚を掻き出しました。
バケツが魚でいっぱいになると残った小物には未練も無くなり、戦いをやめることにしました。 めったに経験できないことを堪能し、歓喜の声を挙げ、少年たちは家に帰りました。

そんな日のから、しばらくして、
私の家に30代の土木技術者が大勢寝泊りするようになりました。最新式の堤防を作りにきたのです。 仕事が終わり、就寝までの時間、どこかの大学で土木工学を学んだリーダー格の人が、時々いろいろな話しをしてくれました。 とんち問題や数学の問題を出してくれるときもありました。 それがとてもかっこよく見え、また都会や異文化の香りを感じました。 その影響か、将来は少年も土木の道に進もうと密かに思ったりもしました。
彼らが去った後、彼らが作ったアスファルトとセメントの防波堤は度々そして簡単に壊れました。 最新式の技術も自然の力にはかなわないことを知りました。
少年が大人になったとき、小エビやサザエや蛸を取ったりできる海岸線がそのまま残っているほうが良かったように思えました。 しかし、島に住み続けた少年の父は今のほうが安心でよかったという。 使ったお金の割には、益は多くは無いよう思えた田んぼも、部落の皆は喜んでいるという。
島にはそれほど田んぼが少なかったということだろうか。
そういえば、離島生活の辛酸を嘆いていた祖父は、ズーット、島には橋が二つ必要だと言い続けていたっけ。
埋め立てにしろ二つの橋にしろ、どっちが良かったかの判断をする権利は島を離れた少年にはないのかもしれない。










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