『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』

  編集長から

  【Q:1102】

   回答(寄稿順)
    真壁昭夫  :信州大学経済学部教授
    北野一   :JPモルガン証券日本株ストラテジスト
    菊地正俊  :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
    津田栄   :経済評論家
    杉岡秋美  :生命保険関連会社勤務
    中空麻奈  :BNPパリバ証券クレジット調査部長
    山崎元   :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
    土居丈朗  :慶應義塾大学経済学部教授


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        ■■ 編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■

 Q:1102への回答、ありがとうございました。少し前の話題になります
が、長崎県知事選挙では自民党が勝利する形になりました。全国紙やTVキー局
は、「政治と金の問題」が勝敗に影響したと報じましたが、郷里の友人たちに聞
いてみると、少し事情が違うようです。長崎県議会でも、市町村議会でも依然多
数を占める自民党は充分な準備の後に猛烈な選挙運動を行って、労組との協力や
候補者選びが難航した民主党推薦候補に「勝つべくして勝った」というのが、友
人たちの分析でした。

 わたしは、昨年の総選挙のあと、「政権交代が実現したが人々はどこか憂うつ
な表情をしている。それは、財政が逼迫しているのでそれほど劇的な変化は望め
ないことを知っているからだ」というようなことを、NYタイムスに寄稿しまし
た。そもそも新政権への期待がどれくらいのものだったのか、今となってはよく
わからないのですが、経済も、普天間問題など日米関係を巡る外交も、冴えない
状況が続いていて、メディアの報道とは別の、ある種の「白々した雰囲気」が社
会を覆いはじめているような気がします。

 出口が見えない閉塞感があり、不思議なことにそれに対する怒りもあまり聞こ
えてきません。わたしは、政治家の仕事でもっとも重要なのは、第1に治安の確
保、第2に雇用の確保ではないかと思っています。いつまでに、どのようにして
雇用を増やすのか、それこそが新政権による「成長戦略」の柱なのだと思うので
すが、大手既成メディアはどういうわけかあまり問題にすることがありません。

         村上龍
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 村上龍、金融経済の専門家たちに聞く
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 Q:1102

 読売新聞は3月7日付け朝刊の社説で、「現行の消費税を福祉目的のみに使う『社
会保障税』とし、税率を引き上げることによって、きっちりとした財源を確保すべき」
と書いています。今の財政状況で社会保障の問題を考えるとき、消費税の増税以外、
対応策はないのでしょうか。

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JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・
組織の意見・方針ではありません。
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  真壁昭夫  :信州大学経済学部教授

 社会福祉に関わる費用は、歳出のかなりの部分を占めています。また、高齢化社会
の進展で、その費用は着実に拡大するはずですから、その費用を如何に捻出するかに
よって、将来のわが国の財政状況は大きく変わります。その意味では、消費税を社会
福祉の目的税化して、今後、税率を引き上げることによって、その費用を賄う手法は
相応の説得力があると思われます。また、国民サイドから見ても、消費税を社会福祉
の目的税にすることは、分かり易い政策運営の方法だと思います。

 経団連などの企業経営者サイドも、そうした手法を容認する可能性が高いと見られ
ます。つまり、消費税の目的税化によって、社会福祉費用を賄うことは、社会全般に
とって受け入れやすい選択肢であることは間違いないと思います。

 先日、財政論の研究者と話をする機会がありましたが、彼は、「現在のわが国の状
況を勘案すると、消費税の目的税化がもっとも実現可能性の高い政策であり、早期に
実現に向けて進むべきだ」と力説していました。最近、夏の参院選挙を前にした政府
の高官から、消費税率の引き上げの話題が出ているところを見ると、政府も、消費税
率を変更することに、国民が以前ほどの抵抗感を持たないとの感触を得ているので
しょう。

 ただ、消費税の目的税化だけが、財政再建の選択肢ではないでしょう。その他にも、
歳出の大胆な削減や、その他の税項目の導入や税率の引き上げも、当然、重要な選択
肢になるはずです。また、実際に財政再建を図るためには、社会福祉費用の捻出だけ
では、とても目的を達成することは出来ないと思います。それと同時に、様々な政策
の合わせ技が求められることになるはずです。

 もう一つ考えるべきポイントは、わが国の将来像を明確にすることだと思います。
具体的には、将来、わが国を、北欧のような高負担・高福祉型社会にするのか、ある
いは、米国の様に競争原理を基礎にして、低負担・低福祉型の社会にするのかを決め
ることが必要です。

 今年初め、竹中・前総務大臣と榊原・早稲田大学教授と対談をしたことがあります。
その対談の最後に、わが国の将来像についてのディスカッションがありました。竹中
氏は、低福祉型社会を標榜し、一方の榊原氏は、フランスのような高福祉型の社会を
目指すべきだと主張していました。この中で、竹中氏は、「人口1億人以上では、世
界中に高福祉社会は存在しない」と指摘していたことがとても印象に残っています。

 確かに、人口の大きな国では、国民の間の意識のずれなどが大きいため、共通の価
値観を形成することが難しいのでしょう。その結果、高負担を求めて、それを元手に
して、国民全体に手厚い福祉を提供することが難しくなるかもしれません。この点に
ついては、もう少し勉強してみたいと考えています。

 その時、思ったことが二つあります。一つは、財政状況の悪化が進んでいる現在は、
福祉に関する国の将来像を、国民全般にわたる広い範囲で議論するよい機会だという
ことです。今まで、そうした議論を避けて来ましたが、そろそろ、そうした議論を本
格化して、わが国が将来、どのような国になるべきかを真剣に考えるべきだと思いま
す。

 もう一つは、単純に、高福祉型ー低福祉型という分け方は、あまり適切ではなさそ
うに見えたことです。それぞれの国には、独得の文化や歴史があります。そうした条
件を考えると、単純に、他の国の例をそのまま当てはめることは難しいかもしれませ
ん。そう考えると、わが国独自のスタイルがあっても不思議ではありません。高福祉
と低福祉の間のどこかに解があることも考えられます。

                       信州大学経済学部教授:真壁昭夫

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  北野一   :JPモルガン証券日本株ストラテジスト

 今の財政状況で社会保障の問題を考えるとき、消費税の増税以外、対応策はないの
でしょうか。

 今週は、日本経済新聞の「経済教室」欄で、毎日、毎日、消費税を上げなければな
らないという話を読ませて頂きました。それぞれに説得力のあるご意見で、たいへん
勉強になりました。ただ、相場を見ている人間として、一つ気になったのは、月曜日
から金曜日まで、全員が消費税率を上げねばならないというご意見であったというこ
とです。職業病的に、「全員が買い」とか、「全員が売り」という時にはどうしても
身構えてしまいます。何かがおかしいのではないかと思ってしまいます。

 先々週のJMMの回答で、『百兆円の背信ードキュメント財政破綻』という本の話
を書きました。1985年当時、日本の公債残高が百兆円を突破したことをきっかけ
に、財政破綻への危機感が非常に強まっておりました。こうした危機感があったから
こそ、1989年に消費税が導入されたのだと思います。さて、この「百兆円の背信」
から25年が経過しました。

 2009年度末の公債残高は592兆円と、1985年度(134兆円)の4.4
倍に膨らみました。公債残高のGDP比も1985年度の41.1%から、2009
年度は122.9%に膨らみました。こうした数字を25年前に我々が教えられてい
たとしましょう。私たちは、この25年間に長期金利は急上昇し、円は暴落すると予
想した可能性が高いと思います。しかし、実際の展開はこの逆でした。10年国債の
利回りは1%台まで低下し、ドル円相場は1985年の235円(年間平均値)が、
2009年には94円(同)になりました。

 仮に、こうしたデータをもとに、日本の長期金利を、公債残高あるいはそのGDP
比で説明するモデルを作るなら、公債残高が積み上がれば積み上がる程、金利が下が
るという結果になる筈です。これは、何かがおかしい。おそらく因果関係は逆なので
す。金利が1%に下がるようなデフレに陥ったからこそ、政府の財政赤字が膨らんだ
と考えるべきではないでしょうか。政府は、能動的な参加者ではなく、受動的な参加
者です。企業や家計がお金を借りず、経済活動が停滞したものだから、政府が仕方な
く借金を重ねたということでしょう。

 そうであるならば、政府の債務を削減するためには、デフレ脱却をまず考えねばな
りません。しかし、経済教室に登場する先生方が書く処方箋は、とにかく財政赤字を
縮小させろ、歳出の削減には限界があるので、歳入を増やせ、所得税や法人税は取り
づらいので、消費税を上げろという話ばかりです。こうした財政再建至上主義は、そ
もそもデフレ的ではないでしょうか。デフレの結果として財政赤字が積み上がってい
るかもしれないのに、なぜ、またデフレ的な行動をとるのでしょう。そこが気になり
ます。

 ところで、財政悲観論者も財政楽観論者も、一つの点で、意見の一致を見ています。
それは、債務残高対名目GDPを一定のレベル以下にコントロールしなければならな
いという点です。そのためには二つの手段をとることが可能です。まず、分子を減ら
す、そのために、財政赤字を減らす、歳出を削減し、歳入を増やす。もう一つの手段
は、分母の名目GDPを増やすことです。昔、上げ潮派といわれる方々がこうした主
張をされておりましたが、「結局、インフレ政策でしょ」と片づけられました。

 本当は、実質的な経済成長を通して、債務残高対名目GDPが安定すれば良いので
すが、おそらく誰も、どうすれば経済が成長するのか分からないものだから、説得力
のある議論ができないのだと思います。むろん、「成長戦略」という言葉は頻繁に使
われますが、「それで何をするのですか」と聞くと、大概は何処かで聞いたことのあ
るような規制緩和云々という話です。話がそれますが、「成長戦略」という言葉は、
「企業寄りの政策を取れ」ということの言い換えだと思います。

 話を元に戻しますと、思うに、分母を増やすことは重要なのですが、説得力のある
議論ができないのです。一方、分子を削ることは危険だと思うのですが、極めて説得
力のある話ができるのです。消費税を何%上げたら、税収がいくら増える、というの
は中学生でも計算できます。ただ、ここで気をつけたいことは、「説得力がないから
重要ではない」、あるいは「説得力があるから重要である」と思わないことです。こ
との重要性と説得力の間には関係がない。

 説得力のある議論ができないからといっても、重要なものは重要です。ここで、分
母を増やすという話には説得力がないので、分子を削ることにしようとなると、結局、
余計に分子を増やすはめに陥る危険性があります。実際、過去25年の経験を素直に
振り返ると、デフレに陥る中で、財政赤字が膨らんでいったのです。

 ところで、今月の文藝春秋に財務省の元事務次官の武藤敏郎氏が「ギリシャ危機は
日本に警告する」という論文を寄稿しておられました。本当に、ギリシャも迷惑なこ
とをしてくれたものです。90年代にも似たようなことがありました。ユーロが発足
するとき、「財政赤字がGDPの3%以内」という基準がありました。あのとき、財
務省がさかんに使ったレトリックが、「このままでは日本はユーロに加入できない」
でした。ところで、武藤氏の論文のなかに、次のような文章がありました。「日本の
政府の借金は、約九百兆円にものぼります。かりに1%金利が上がれば、利払い費は
九兆円も増えてしまうのです。しかも、デフレ下ですから、税収は増えないのに、金
利負担だけが重くなっていく」

 なぜ、デフレなのに、金利が1%上がればという前提で話されるのかよく分かりま
せん。繰り返しになりますが、デフレならば、金利は上がらないし、デフレだから財
政赤字が増えてきたのではないでしょうか。

 ずいぶん、余計なことを書いてきましたが、今回のご質問は、消費税以外に選択肢
はないのか? ということでした。昨年12月22日に公表された「平成22年度税
制改正大綱」を読むと、「財政改革の視点」のなかに、次のような文章がありました。
「グローバル化の進展により、「国は納税者である人や企業を囲い込むことができる」
というこれまでの前提が根本的に変化し、税制以外の判断要素もあるものの、担税力
の高い者ほど納税する場所を自ら選択できる状況が生まれています」。現状判断とし
ては、この通りでしょう。また、この状況が今後も続くならば、結局、担税力の低い
人から取る消費税が中心にならざるを得ないでしょう。

 しかし、ここで問題になるのは、いわゆる「グローバル化」が、根本的で不可逆的
な変化なのか、ということです。米国でオバマ政権が誕生し、日本でも戦後初めて、
事実上の政権交代が実現しました。大きなトレンド転換が起きている可能性がありま
す。アーサー・M・シュレシンジャーの『アメリカ史のサイクル』(パーソナルメ
ディア)によると、米国の政治思想は、約30年の周期をもって、資本主義的価値観
と民主主義的価値観の間を、あるいは個人的幸福と社会的幸福の間を、また別の表現
では保守主義とリベラリズムの間を振り子のように周期的に揺動してきた、と言いま
す。

 過去30年間が資本主義的価値観の時代であるなら、グローバリゼーションはその
申し子であり、この間に、法人税と所得税の税率が世界的に下がってきました。それ
が転換し、民主主義的価値観の時代になるなら、我々は、これまでとは逆の「財政改
革の視点」を持つべきかもしれません。結局、消費税を軸にするべきか否かは、世界
の政治サイクルに対して、どのような大局観を持つかの勝負になってくるのではない
でしょうか。いわゆる「グローバル化」が根本的な変化ではなかったから、民主党は
政権を取れたのだと思います。

                 JPモルガン証券日本株ストラテジスト:北野一

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『百兆円の背信ードキュメント財政破綻』塩田 潮・著/講談社
( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061841351/jmm05-22 )
『アメリカ史のサイクル』A・M・シュレシンジャー・著/パーソナルメディア
( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/489362041X/jmm05-22 )
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  菊地正俊  :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト

 消費税増税以外の財政赤字削減策としては、政府の資産売却を積極的に行うべきで
しょう。無駄な歳出を止めるべく努力が必要でしょう。政府歳出に無駄は少なく、誰
かの役に立っていることが多いわけですが、政府は歳出の半分も税収で賄えない時代
になっていますので、ニーズはあっても、できるだけ予算を使わない選択が必要にな
ります。

 今週、茨城空港が開港しました。年間数千万円も赤字を垂れ流す空港を開港するこ
とは、経済合理的でありません。狭い日本に空港は一都道府県1空港以上あり、ほと
んどの空港は、開設以前の需要予測を見誤って、赤字に陥っています。経済学用語で、
「サンクコスト」という言葉がありますが、既に投資してしまった資金は回収しよう
がないとして諦める必要がありますが、毎年巨額の管理運営費で赤字が続くような施
設であれば、すぐに閉鎖や売却した方が、将来的な損失が少なくなります。

 政府はリストラや資産売却すべき資産がまだ多くあります。竹中元金融担当相が指
摘していたように郵便局が、東京駅丸の内のような地価が高い場所にあるのが理解で
きません。「身包み剥がされる」という言葉がありますように、借金まみれの個人で
あれば、生活必需品を残しても、資産は可能な限り売却すべきとの圧力がかかります。
現在、政府の資産売却姿勢は積極的でないように見えます。

 現連立政権は、日本郵政の民営化の凍結を決めましたが、財政赤字を減らす意図が
あれば、流動性が高い株式は真っ先に売却すべきでしょう。自民党が政府資産の売却
に熱心だった2007年当時の報道をみると、政府は2015年度までに8兆円以上
の株式売却益を得る予定でした。民主党は事業仕分けなど国民受けするテレビパフォ
ーマンスに積極的ですが、仕分け作業自体が、自民党時代末期から始まっていました。

 2006年には、政府・与党が国の資産を140兆円圧縮することで合意していま
した。政権が代わったので、政策の持続性がなくなったことは仕方ありませんが、民
主党は政府資産売却にもっと積極的である必要があるでしょう。民主党は政権獲得前
に、一般歳出と特別会計の合計で200兆円以上もあるので、そのうちの1割の20
兆円は削減可能と主張しておりました。民主党が政権を獲得して半年しか経っていな
いことを斟酌する必要がありますが、政府の歳出削減ペースは遅すぎるとの印象です。

 人口や政府歳入が減る中で、現行の国会議員数が維持できるのか、また維持する必
要があるのか疑問です。民主党は昨年の衆院選のマニフェストで、衆院の比例定数の
80削減を明記しましたが、現段階では実施の兆しが見えません。長年努力して、
やっと衆院議員になった方の肩書きを剥ぎたくないという気持ちは理解できますが、
公的部門全体としての財政収支は、経営破たんしたJALのような状況です。鳩山首
相は、与謝野元財務大臣に、平成の脱税王と揶揄されましたが、個人資産豊富な首相
が私財寄付、また国会議員が身を削る、また埋蔵金をもつ官庁が節約して初めて、国
民の政府に対する信任が回復するでしょう。昔、土光経団連会長の質素な生活が世の
中の尊敬を集めましたが、今後国民に負担増を求めざるを得ない中では、国会議員の
定数削減や経費削減などの方策が必要でしょう。

               メリルリンチ日本証券 ストラテジスト:菊地正俊

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  津田栄   :経済評論家

 今後、高齢化が進行するなかで、年金、健康保険などの社会保障にかかるコストが
増大し続けることは確定的です。一方、少子化・人口減少が加速するとの予想から、
現役世代による税金や保険料による負担は、一段と重くなっていきます。

 現状をみると、2010年度予算における税収見込み37.4兆円のうち、消費税
9.6兆円を中心とする間接税がウェイトとしては増えてきていますが、所得税12
.6兆円、法人税5.9兆円などを中心とする直接税は依然として5割超を占めてい
ます。しかも、09年度当初予算比でみると所得税19%減、法人税44%減に対し
て消費税は5%減にすぎません。一方年金給付は年々増加しています。また健康保険
をみると、国民健康保険財政は08年度納付率が未納、滞納により9割を割って最低
となって赤字を続け、健保組合でも後期高齢者保険制度の負担により、08年度では
7割が赤字となってその改善のめどが見えません。

 そして、今後、落ち込んだ所得税や法人税が回復するとは限りません。むしろ、日
本経済は直面している苦境から簡単に抜け出せなければ、横ばいから悪化することも
あり得ます。というのも、世界経済は08年のリーマンショック以来世界的な金融・
経済危機から立ち直ろうとしていますが、いまだ病み上がりな状況であり、まして日
本の欧米向けの輸出主導型による経済構造が機能しなくなっている中では、他の国に
比して回復は鈍いからです。

 すなわち、今後、日本の輸出企業が欧米のほか新興国向けに輸出をシフトするとし
ても、品質における差が縮小している中では価格を低く抑えざるを得ないとなれば、
人件費抑制に動くことになり、それでも収益が過去の水準に戻ることは容易ではなく、
以前にまして、海外移転を選択する可能性があります。経済のグローバル化で、今や
企業が国を選択する時代になってしまったからです。そうなれば、雇用者の所得が増
えるどころか減ることもあり、企業収益の改善も頭打ちとなれば、消費や設備投資な
どにおいて需要が伸び悩み、デフレは一向に解消せず、景気の低迷は続くかもしれま
せん。その結果、増大する社会保障費を改善するほどの所得税や所得税の回復は期待
できないことになります。

 しかも、社会保障費は、何もしなくても高齢化の進展により年金、医療などで毎年
1兆円ずつ増えていきます。加えて、景気の悪化に伴い、生活保護を受ける世帯も増
加しています。今後景気の低迷が続くことになれば、この生活保護世帯が増え、生活
保護費の増加が予想されます。そして、家計支援のために、子ども手当を創設、10
年度は2.3兆円の予算を組み、来年度満額支給となれば、5.3兆円が支給される
ことになり、社会保障費はさらに膨らむことになります。

 その結果、来年度予算における社会保障費は、27.3兆円にまで膨らみ、政策的
経費の一般歳出53.5兆円(一般会計総額から国債費や地方交付税などを除く)に
対して51.0%に達し、初めて50%を超えてきます。財務省の試算では、経済が
名目GDP成長率が1.7%から2.2%など順調に回復していく前提でも税収が1
3年度には3兆円増、社会保障費も3兆円増の30.5兆円に膨らむとみており、一
般歳出に占める比率がさらに一段と上昇することが予想されます。したがって、今後
の経済を考えると、確実に増加する社会保障費に対して、不確定な所得税や法人税な
どを中心とする現行の税制による税収では、この膨張していく社会保障費に対して賄
うことはもはや不可能に近いといえましょう。

 そう考えると、増大する社会保障費を賄うには、安定的な税収を求めざるを得ませ
ん。それで、景気の変動に大きく左右されず、1%引き上げるごとに2〜2.5兆円
確実に増えていく消費税が注目され、社会保障目的の消費税が検討されているといえ
ます。確かに、現行の5%の消費税率を20%近くまで引き上げたとしたら、最大3
7.5兆円の増収となりますが、単純にそうなるとは言えません。現行の所得税や法
人税を維持するのであれば税金に対する負担が重く感じるかもしれません。そして景
気が悪くなれば、消費を控えますから、消費税による増収効果は期待したほどにはな
らないのではないでしょうか。ましてや、デフレ状況では効果が減殺されます。

 しかし、一方で、年金や医療などの社会保障制度を維持するには、税制改正などの
構造的な改革にあまり時間がありません。その点で鳩山首相が次の選挙までの4年間
消費税を上げないというのは問題があるといわざるを得ません。菅財務大臣が言うよ
うに、消費税率の引き上げのための検討を始めることは必要です。それも、スピード
が必要かもしれません。もし導入するとなれば、その条件に、行政をすべてチェック
してムダをくまなく排除し、必要なもの以外の国家の財産も売却し、もうこれ以上の
削減ができない、財源の確保ができないことを国民に示して消費税増税を理解しても
らう手順が必要です。その点で、枝野大臣の事業仕分けは重要といえます。

 ただ、そうはいっても、消費税は万能ではありません。先行きの経済に対する明る
い見通しがなければ、国民は増税を強く意識し、消費せず、将来不安のために貯蓄し
ます。そうなれば一層のデフレを引き起こし、ますます財政は悪化する恐れがありま
す。問題は、名目の所得が増えていないことです。そこにデフレの深い根があります。
このデフレを解消することが必要であり、そうでなければ消費は伸びず、消費税で期
待した効果は表れません。その点で、やはり、企業のみならず国民にとっても所得が
増えるような長期的な成長戦略を組み、国民が消費において将来への不安を感じさせ
ないような政策が求められます。

 同時に、消費税増税をするのであれば、所得税や法人税の減税も図るべきでしょう。
最近、所得税や法人税に対する実質的な増税の動きが見られます。これでは、経済の
動きは鈍くなるだけで、期待した増収効果は得られなくなります(その点で、12日
に鳩山首相が法人税減税を示唆しましたが、消費税との絡みでどう展開するのか、注
視していかなければなりません)。あるいは、食料品などを消費税適用外、または低
率の消費税適用にするとかの工夫が必要です。

 質問のように、社会保障費を削減もしくは抑制しないのであれば、社会保障費を消
費税増税以外で対応する方法は、あまり見つかりません。今の日本の膨大な財政赤字
を前にして、税収増は必要です。しかし、それに加えて社会保障費が増え続けるとな
ると、どうしてもそれだけを賄えるような税制が求められます。それが福祉目的の消
費税ということになるかもしれません。しかし、消費税もどこまでも上げられるわけ
ではなく、国民が生活するうえで限度があります。持続的な経済成長が図られた上で、
それを損なわない範囲での消費税率の引き上げにとどめるべきでしょう。もちろん、
デフレという厄介な問題の解決が先決です。

 最後に、消費税増税以外の方法で、反対に社会保障費を削減あるいは抑制するとい
う方法も考えられます。小泉政権でこれをやって批判を受け、元に戻す動きになって
いますから、これは難しい方法かもしれません。ただ、社会全体で支えるという意味
で、相互扶助あるいは共助という仕組みで社会保障費を抑制する方法があるかもしれ
ません。それは、地域や周囲の協力によって高齢者や低所得者を支えることです。そ
のために寄付や労働などを提供すれば、税金の免除や控除を図って行く必要がありま
しょう。したがって、お金を中心に成り立っている経済社会で、当面社会保障制度の
維持を図っていくには、今のところ消費税増税がベターな方法ですが、社会保障費を
抑えながら制度を維持するには原点に戻って地域の力などにより高齢者や低所得者を
支えるという人間の絆が、究極的な方法かもしれません。

                             経済評論家:津田栄

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  杉岡秋美  :生命保険関連会社勤務

 まだ政権交代してから半年がすぎばかりです。事業仕分けの手法などによる歳出削
減による財源確保は端緒についたばかりなので、スタートダッシュが思わしくないか
らといってここであきらめるのはまだ早いのだと思います。政権交代時のたちどころ
に20兆円ぐらいはでてくるという期待は幻想であったのですが、削減に着手してみ
たら業務は効率的で削減の余地がなかったことが判明したということではなく、思っ
た以上に利害関係が複雑で、新任の大臣たちは、早くも組織防衛に走るしかなかった
ということです。ここは、あきやすく移り気な世論をほっておいて、粘り強く歳出削
減を続けるべきだと思います。

 本格的な削減があるとすれば、公務員の人件費や定数の削減、省庁・部局までの廃
止、業務のNPO法人などへ置き換えといった議論が明確になされることが必要で
しょうが、こういったことが起こる前に、議論の枠組みが消費税の引き上げに限定さ
れてきてしまった印象がありますが、これは、官僚、特に財務省の思うつぼなのでは
ないでしょうか。ここで、消費税の引き上げを前提とした議論を許せば、官僚機構の
効率化・縮小をはかる千載一遇のチャンスを失うことになります。

 財務省の刷り込みが効いているせいか、マスメディアによって国債の増発は罪悪の
様にいわれて、民主党政権も完全にその言説にがんじがらめに絡めとられているよう
に見えます。国債発行残高がGDPの何倍まで許されるかは未解決な問題ですが、デ
フレが解消しないままでは、経済学の定理を持ち出すまでもなく、この倍率は悪化す
る一方であることは明らかです。つまり、仮に消費税を社会保障の財源にあてても、
デフレがとまらないかぎり財政の悪化は避けようがありません。

 政策の順序としては、先に財政・金融政策を駆使してデフレの進行を止めるほうが
さきだと思われます。あるいは、外需などの要因でデフレが解消するするまでは財政
規模を維持し大きなデフレ圧力を避けることが必要です。社会保障であれば、デフレ
下で他の財源を削っても財源が足りないということであれば、財政赤字の拡大、つま
り国債の増発によるファイナンスも十分に理由がつくと思われます。少なくとも、箱
物の建設による景気刺激よりははるかに質が高いのではないでしょうか。

 マクロ的に見れば、現状は貯蓄が過剰の状態にあり、需要が足りない状況にあるの
ですから、理由の如何にかかわらず国債増発がまかりならぬという議論の枠組みはナ
ンセンスなようにおもわれます。デフレ圧力下にあることを考えれば、他の予算削減
が間に合わないということであれば、選挙公約を果たすために国債の増発というのは
十分合理的な政策であると思います。

 事業仕分けの継続による予算削減と財政刺激策という矛盾する政策を組み合わせを
主張していますが、政府部門の効率化と予算の組み替えはいずれにしても避けて通れ
ない課題です。官僚機構の肥大化を防ぐのはそれ自体で一つの価値であるとともに、
将来の民間部門の成長率を高めることになるでしょう。かならずやって来る、次の景
気サイクルの上昇期のときに、すばやくプライマリーバランスを回復し、国債残高の
縮小に向かえるような、スリムな政府体質が必要です。そのうえで、政策目的のため
の消費税の引き上げが必要であるというのであれば、そのとき検討すべきかと思われ
ます。

                       生命保険関連会社勤務:杉岡秋美

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  中空麻奈 :BNPパリバ証券クレジット調査部長

 現在の財政状況で社会保障の問題を本気で解消しようと考えるなら、解決方法は、
消費税を引き上げる以外にはないと思います。しかも、消費税を福祉に使うと明
記する目的税にすることによって、社会保障の財源を確保すべきとも思います。選挙
に勝つなどという卑近な視野ではなく、消費税を適正に引き上げ、プライマリーバラ
ンスを取る努力からはじめるべきです。一刻も早く取りかからなければ、そのツケは
日本国の競争力低下ということでしか帳尻が合わない事態を招くことを理解すべきで
はないでしょうか。

 現在の財政状況を変え、財政赤字を減らしていこうとするのであれば、やるべきこ
とは極めて単純です。歳入を増やすこと、歳出を減らすこと、です。ただし、歳出を
減らせる可能性はないため(高齢者層の増加、勤労者世帯の減少などを考えれば当
然)、歳入を増やすことを考えるしかありません。内訳としては、1)基礎控除額の
削減、2)法人税や累進課税の引き上げ、3)消費税の引き上げ、でしょう。インフ
レにして、帳尻を合わせる方法もあるにはありますが、当然、禁じ手であるべきなの
で、議論の対象にはしないこととします。

 このうち、基礎控除額を減らすことや累進課税の引き上げはいずれ実施するしかな
いと思われますが、実施しても歳入を増やせる程度は知れていると考えられます。し
かも、勤労者の意欲を削ぐことになりかねません。そのため、消費税の引き上げしか
ないということになります。

 消費税は富裕者を優遇する不平等税制という批判もありますが、やりようはありま
す。日常品は5%を据え置き、奢侈品や高額商品、サービスなどは20%などと、物
品によって消費税を変えて適用することが可能です。日常品から税金を取らないと決
定すれば、金持ち優遇的な批判はあてはまらなくなるのではないでしょうか。

 奢侈品に税金をかけすぎた場合にも問題は残ります。ブランド品や高額商品メーカ
ーの売上減少や海外旅行者の減少などがあるかも知れません。でも、そうした需要が
税金で手控えられるとは思いませんし、欧州で行われている税還付の制度を模倣する
ことにより旅行者を減らさないで済むのではないでしょうか。

 しかしながら、現実は、歳入を増やす算段を整えずして、聞こえのいい歳出増の話
ばかりに見えます。たとえば、物価など経済・社会情勢に応じて変動させる仕組みを
取り入れながら、「最低保障年金」制度が検討されています。マクロ経済にスライド
して歳出を増減させる仕組みづくりは景況感が悪ければ支払い額が減るため、意味が
あるかもしれません。ただ、こうした仕組みづくりも、結局はプライマリーバランス
が取れた後でないと効果は限られますし、最低保障年金の財源の出所も結局は国民の
税金であることも変わるはずがないのです。

 国債費と地方交付税交付金を除いた一般歳出54兆円のうち27兆円、すなわち、
国が様々な目的に配分する裁量的歳出の半分が社会保障関係費、であることがわかっ
ています。歳出の太宗は社会保障関係費です。仮に、日本国民自身が社会保障は必要
だと言うのであれば(そもそもこの社会保障のあり方自体を、国民投票でも行って決
める必要もあるのではないでしょうか? 年金制度は既に破綻しています。それでも、
自分が支給される年次には年金制度が立ち直ると思っている程、日本人は楽観的だと
は思わないのですが)、社会保障に対する財源を用意する必要があることは言うまで
もないことです。

 累進課税や法人税の引き上げは、所得の再分配には適正かもしれませんが、取れる
ところから取ることを過剰に続けてしまえば、稼得能力の高い会社や人程、ホンコン
などへの海外移転を迫られることになってしまうでしょう。たとえば、総所得の多い
Aとそれよりは少ないBがいたとして、税金支払い後の総所得がBのほうが多いケー
スが多発した場合どうでしょう。勤労意欲は間違いなく、なくなります。こういう制
度設計は、活気ある日本を作り得ない、という当たり前の結果を招きます。

 歳出と歳入の差額が財政赤字です。この数十年の間に、我々はそれを累積させて来
ました。気づいてなかったわけではありません。こんな単純なことはみんなわかって
います。何とかしようと言う気がいつも空回りで、痛みを後ろへ後ろへ先送りしてき
ただけの話です。取れるところから取る税制はそろそろ限界です。あのローマ帝国
だって、瓦解の原因は、軍事支出の増大と作物の不作などによる歳入不足による財政
赤字の増大にありました。少しでも不平等感のない形を考慮する必要はあるでしょう
が、日本人の知恵としての社会保障を残すためにも、目的税という形で日本国民の自
覚を促しつつ、消費税を引き上げるべきだと考えます。

                  BNPパリバ証券クレジット調査部長:中空麻奈

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  山崎元   :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員

 将来の何れかの段階で増税を行う場合、消費税を対象にすることについて、私は反
対しません。しかし、いくつか釈然としない点があります。

 一つには、福祉のみに使う目的税とするというのは、意味の無い制約であり、国民
に増税を認めさせるための方便でしかないように思います。政府の責任で支出する社
会保障費の内容が決まれば、お金に色は着いていないので、社会保障費が十分大きい
限り、消費税を増税した分だけ、他の税収が浮いて、自由に使えるというだけのこと
ではないでしょうか。一定以上の消費税率引き上げはないという将来の条件になるか
も知れませんが、ざっと90兆円の社会保障支出から医療費分の30兆円を差し引い
ても、消費税を「目的税」とするのは、実質的な意味のない単なる増税の偽装でしょ
う。

 消費税率の引き上げ以外の選択肢として、考えられるのは、所得税率の累進度合い
を高めること、法人税率の引き上げ、相続税の増税、個々の社会保険の保険料引き上
げなどでしょうか。個人的な考えを言うと、多額に稼ぐことを罰するがごとき所得税
累進税率の引き上げには賛成できませんし、法人税率の引き上げは、ビジネス立地と
しての日本を不利にするので拙いでしょう。相続税は、控除の範囲を狭めて、もっと
課税対象になる人を増やしていいように思いますし、増税の対象として考慮の余地が
ありそうですが、極端な増税には相当の社会的反発があるでしょうから、社会保障費
の太宗を賄うには不十分でしょう。社会保障のために社会保険料を上げるのは、ある
意味では正攻法ですが、税金を財源とする方が行政コストが小さいように思います。

 また、徴税コストと能率の点から考えても、消費税率は現在よりも高い方が合理的
ではないでしょうか。

 ただ、現段階で消費税率引き上げを急ぐことには少々疑問を感じています。

 先ず、増税よりも支出のムダの削減が先だと言っていた民主党や菅直人財務大臣
(勇ましいのは就任直後だけでしたが)の言い分はどうなったのか。現在の金利と物
価を見、国債の消化・保有状況を見ると、率直に言って、一年や二年、財政再建を先
送りしても、国債によるファイナンスは十分つながるでしょう。もちろん国債相場の
上下はあるでしょうが、たとえば年金運用関係の会合などに顔を出すと、長期金利が
少々上がれば国債で運用したい資金は追加的にまだまだあることを実感します。民間
の良質な資金需要が乏しく、銀行に融資先が乏しく、投資家にリスクテイク意欲が乏
しいという、資金需要貧乏な現状は困ったものですが、国債は基本的にファイナンス
の問題であり、ファイナンスに問題がない間は、財政をどのように支出するかという
問題の方が本質的でしょう。

 加えて、回復基調にあるとはいえ金融危機前後の異例な落ち込みから経済活動が十
分回復せず、しかもデフレが問題である現状で、増税を急ぐのは適切なのかという問
題もあります。たとえば、一時的に駆け込み需要があって、消費税率引き上げ実施後
にがっくり下方屈折するというような流れにならないか些か心配です。

 菅大臣の態度の変化に加えて、最近のメディアの消費税率引き上げ容認キャンペー
ンは異様な盛り上がりを見せているように思います。目下、民主党政権をコントロー
ルしているのは財務省という趣ですが、果たしてそんなに急ぐ必要があるのか、疑問
無しとしません。

              経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元
                 ( http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/ )

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  土居丈朗  :慶應義塾大学経済学部教授

 社会保障の財源として、今後増加が見込まれるものとして、年金保険料があります。
これは、消費税増税が未定なのに対し、現行の法律で、既に2017年まで毎年引上
げられることが定められています(もちろん、旧政権下で成立したものなので、鳩山
内閣がこれを上書きすれば別ですが)。それに、医療保険や介護保険でも、財源が不
足するときには保険料で調整することが念頭にある仕組みがあります。したがって、
少なくとも、社会保障の財源には、消費税というよりも前に、まず社会保険料の引き
上げで対応することが、既に織り込まれています。

 社会保険料は、おおむね所得に比例する形で徴収されます。ただ、国民健康保険や
国民年金については、定額の保険料(一部の軽減措置を除く)となっています。そし
て、社会保険料の負担者は誰が主立って負担しているかというと、40〜59歳まで
の40,50歳代の勤労世帯の方々です。今後の社会保障財源を、社会保険料を中心
に賄うということにするなら、勤労世帯に負担が重く及ぶことになります。

 確かに、既に年金受給者となられた方々も、これまで社会保険料を納めてこられま
した(医療保険と介護保険は終身負担が伴います)。しかし、あいにく、その負担額
は、今の勤労世代、さらには将来世代よりも、軽い負担となっています。こうした受
給と負担の世代間格差が看過できない状況の中で、今後の社会保障財源を社会保険料
を中心に賄う、そして消費税はできるだけ増税しない、となると、結局この世代間格
差をさらに拡大させる羽目になります。

 そうした事を避けるには、消費税がより有効です。所得税だと、勤労世代の方々が
主立って負担を負う構造は、社会保険料と変わりませんから、世代間格差を助長しま
す。もちろん、消費税の増税といっても、その分の物価上昇については、年金給付の
物価スライドを停止しなければ意味がありません(現に、マクロ経済スライドとして、
物価上昇を完全にスライドさせない仕組みが導入されています)。既に年金保険料を
納め終えておられる高齢者の方々には、あいにく世代間格差が顕在化するほど負担が
これまで軽かったので、消費税という形で足らない給付財源をお納め頂かなければな
りません。

 消費税は、勤労世代内でも、低所得者に不利であるとの見方があります。さらには、
消費税は逆進的であるとの主張がありますが、これは、経済学的に間違っています。
そもそも、「逆進的」という用語は、公共経済学の専門用語に端を発しています。経
済学の専門用語でありながら、一般国民にも理解できる用語になったといえます。そ
の経済学の定義に従えば、(皆様のご存知の通り)低所得者ほど(所得に比した)負
担率が高い状態を「逆進的」といいます。

 では、消費税は逆進的でしょうか。そうではありません。正確には、消費税は、生
涯所得に対して概ね比例的であって、逆進的でもなければ、累進的でもないのです。
一見すると逆進的だと勘違いするのは、高所得の人で稼いだその年に全てを消費せず、
貯蓄するからです。貯蓄する分だけ消費税を払わないので、貯蓄率が相対的に低い低
所得者ほど、その年には消費税を負担率で見て多く負担しているように見えるからで
す。しかし、人は生きているうちに稼いだ所得は概ね生きているうちに消費します。
だから、貯蓄して一時的に消費税を払っていない部分があっても、それはいずれ生き
ているうちに消費するので、そのときには消費税を払います。要するに、概ね生涯所
得=生涯消費となると、生涯所得に比例して消費税を負担することになり、消費税は
比例的であって逆進的ではない、ということになります(生涯所得以下しか生涯に消
費せず、遺産を残す人がいるからやはり逆進的だと仰る方に付言すれば、その分は相
続税を課税すれば完結する話です)。

 ですから、「消費税は逆進的」と経済学の専門用語を誤用しないで頂きたいと思い
ます。ただ、感覚的に「逆進的」といいたい気持ちを尊重すれば、「消費税は累進的
ではない」と言って頂ければ、専門用語の定義としても正しいといえます。要は、
もっと高所得者に負担してもらいたいと思っているのに、消費税ではそうした負担を
課すことができていない、という意味なら、それはその通りです。

 消費税は、他にも利点があります。消費税は、所得税や法人税などよりも、経済成
長(より厳密には経済の効率性)を阻害しにくい税です。消費税は、貯蓄の二重課税
や配当の二重課税を避けることができます。今後、高齢化に伴い貯蓄率がマクロ経済
で低下することが予想されているだけに、過度に貯蓄を課税によって抑制しないよう
にする必要があります。それならば、所得税や法人税よりも、消費税が目的に適いま
す。

 もちろん、今の我が国の所得税は、全くそのままにしていてよいというわけではあ
りません。消費税は、前述のように累進的ではないので、世代内の所得格差是正はで
きません。世代内の所得格差是正をする必要があるなら、所得税の累進構造にしかる
べき修正を加えるべきでしょう。その際には、低所得者への配慮として、給付つき税
額控除を導入するということがありえます。消費税は、今後増大が不可避な社会保障
財源をきちんと賄うために必要でありますが、所得税制の改革も合わせて行うことで、
日本の税制をよりよくできるでしょう。

                      慶應義塾大学経済学部教授:土居丈朗
                 ( http://web.econ.keio.ac.jp/staff/tdoi/ )

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