続 命の入り口 心の出口 4     
                    201024西日本新聞
   
口腔ケア  肺炎防ぎ高齢者を救う

 伊豆・箱根の玄関口、静岡県長泉町に一臨床家の立場から医療における口腔ケアの重要性を証明し、歯科の役割を大きく変えた歯科医師がいる。米山歯科クリニック院長、米山武義(55)である。
 「口は命の入り口であると同時に、病の入り口でもある」と語る米山の原点。それは、歯科医師免許取りたての31年前、特別養護老人ホームを訪ねたときの光景にある。 入所者たちは、入浴で全身を洗い清められるのを楽しみにしていた。だが、1カ所だけ放置されている部位があった。口だった。
 口の中をのぞくと、入れ歯は入れっぱなし、欠損はそのままで、歯垢、歯石は付き放題。口臭もひどかったが、多忙な介護現場では、ロのケアは視界の外だった。

 「老人の口を掃除して何になる」。仲間内からそう言われながらも、定期的な訪問診療を行う米山にある日、施設の婦長が笑顔で語った。 「口臭が減って皆喜んでいます。発熱する人も極端に減ったし、肺炎になる人も少なくなった」
 口臭は当然だが、なぜ発熱が減ったのか1991年、そのもやもやを解くヒントを得た。それは「歯ブラシと食後の上体起こしで肺炎予防」という東北大学の取り組みを紹介した新聞記事だった。
 米山は同大と共同研究を開始。96年から2年間、佐賀県伊万里市など全国11の特別養護老人ホームで介護職員の協力を得て週1回、歯科衛生士による専門的口腔ケアを行うグループと、従来通りのグループとの間で比較研究を行った。 効果は歴然だった。両者を比べると、口腔ケア群の発熱者は半減し、肺炎発症者も約4割減少した。口の中の雑菌や分泌物を知らないうちに誤嚥することも多いなかで、肺炎にかかった場合の死亡率も低く、重症化を防げることが実証された。また、歯がない場合でも、義歯を入れている方が肺炎になりにくく認知症の進行予防につながりそうなこともわかった。
 99年、この研究成果をまとめた「米山論文」は英国の一流医学雑誌「ランセット」に掲載され、世界の注目を集めた。

 内科医たちが100年前から、「老人の友」と呼ぶ肺炎は日本人の死因の第4位で、その9割超は高齢者。多くは誤嚥性肺炎だ。
 「その流れをせきとめたのが、米山先生の研究なんです」。福岡県宗像市で訪問診療に取り組む歯科医師、大林京子(60)は解説する。
 専門家の試算によると、誤嚥性肺炎で入院し、重度化した場合の医療費は平均160万〜170万円。入退院を繰り返すケースが多く、体力は確実に落ちる。多少コストをかけても歯科医師による定期ケアなど予防措置がとれれば、高齢者の生活の質を維持でき、同時に医療費の削減も見込める。 3年後は4人に1人、25年後には3人に1人が65歳以上の高齢者という時代を迎える日本。
 米山は言う。「日本の未来は、高齢者がいかに健やかに生きるかにかかっている。時代が口腔ケアを求めているんです」
                              (敬称略)

 

 

 

以下、「続 命の入り口 心の出口 5」です。
文中の、静岡がんセンター歯科医師の大田洋二郎先生のお話を、昨年12月に、千
葉での医科歯科セミナーで聞いたのですが、素晴らしい仕事をされています。
熊本にも、こんな動きが必要と思いました。
------------------------------------------------------------------------------------

続 命の入り口 心の出口 5
                    201026西日本新聞
 医科歯科連携  舌磨いてインフル予防

 借景に富士山を望む静岡県長泉町の静岡県立静岡がんセンター。雑誌などが選ぶ「よい病院」ランキングで、何度も1位に選ばれた実績を持つ。
 特徴の一つが、医科と歯科の連携による口腔ケアの充実。外科手術の前に、歯科による徹底的な歯周病、虫歯の治療や、歯垢・歯石の除去を施すことで、手術後の経過が良好なのだ。
「事前の口腔ケアなしの外科手術は考えられない」と言い切る同センター形成外科部長の中川雅裕(44)。だが、この病院に来るまで、それは「常識」ではなかったという。
 口の中には、善玉菌、悪玉菌、その優勢な方に加担する日和見菌など約300500種類の常在菌がいる。「白血病手術など特殊な例を除けば、術前にケアしても、常在菌はなくならないし、術後も自然治癒に任せた方がよい」。多くの外科医がそう考え、中川も頭頸部の進行がん患者の再建手術で皮膚移植などを行う際も口腔ケアなしで執刀していた。
 それが同センター口腔外科部長で歯科医師の大田洋二郎(48)と出会い、認識が変わった。「口腔ケアをすると肺炎が減る」ことを突き止めた歯科医師、米山武義(55)の発見を参考に、「手術前に口腔ケア」という大田の提唱を取り入れたと
ころ、術後、それまで約6割の患者に発症していた傷口の感染や肺炎などの合併症が、16%に激減したのだ。
 同センターでは食道へ、消化器、血液など、あらゆる分野の医師が口腔ケアの重要性を認識。入院日数の短縮にもつながり、患者、医療関係者の双方から喜ばれている。

 「インフルエンザ対策は手洗い、うがい、そして口腔ケア。歯磨きするときは、歯ブラシにガーゼを巻き、優しくベロも磨いてくださいね」
 福岡県宗像市で開かれた「口からはじめる健康づくり」教室。口と歯ブラシの模型を手に説明をするのは同市の歯科医師、大林京子(60)だ。
 なぜ、口腔ケアがインフルエンザ予防につながるのか。それはインフルエンザ
が発症する仕組みにある。 のどの粘膜細胞は、表面を覆う糖タンパクのバリアーによって保護されており、インフルエンザウイルスがいるだけでは感染しない。だが、ある種の紐菌が出す酵素(プロテアーゼなど)があると、ウイルスは粘膜に取り付く「鍵」を得て、バリアーを破り、細胞内に侵入。細胞から細胞へと増殖を始め、インフルエンザを発症させる。
 ということは、適切な口腔ケアで細菌数が減れば、感染リスクも減るはず。特に舌には多くの細菌がいるから、大林は舌磨きを推奨するのだ。
 2003年、東京医科歯科大学らのグループは65歳以上の在宅介護高齢者を対象に週1回、歯科衛生士による専門的口腔ケアを実施。半年後、ケアした群のインフルエンザ発症率は、対照群の10分の1だった。
 教室の終わりに大林は呼び掛けた。「口腔ケアで細菌数を減らすことは、他の病気予防にもつながる。まずは病の入り口をきれいにするところから健康づくりを始めましょう」
                              (敬称略)

 

続 命の入り口 心の出口 6
                    201027西日本新聞
   
経口摂取  生きる力がよみがえる

 血中の酸素濃度を測る計器を横目に、訪問診療に訪れた歯科医師の角町正勝(63)=長崎市=が、一口分の食事を日高通嘉(80)の口に運んでは、その表情、口の動き、飲み込む様子をじっと見ている。
 メニューは白菜とアマダイの塩焼き、ごはんとみそ汁。この日はデイサービス帰りで少々疲れ気味の通嘉だったが、一口ごとに、その目に力強さが増すのが見てとれた。
 道嘉が脳梗塞で倒れたのは12年前。半身不随になり、入退院を繰り返すうち、食事は鼻からチューブで液体の栄養素を入れる経管栄養だけに。体はやせ細り、目の焦点が定まらず、言葉も出にくくなった。 懸命の介護に努めながらも、絶望のふちにいた妻陽子(62)2003年、希望の灯がともる。「経口摂取」で生きる力を回復させる角町の活動をテレビで知ったのだ。
 通嘉の治療は、冷たい氷の棒を使った口の刺激から始まった。食事はゼリー、ごはん、卵、イモとレベルアップ。昨年迎えた80歳の誕生日には「角町先生と洒を飲む」通嘉の願いもかなった。 「先生のおかげで食べられるようになった」。言葉を取り戻した通嘉がほほ笑んだ。

 同じ栄養でも、なぜ、口から食事をとる方がよいのか。
 それはヒトの体が、食べ物が口に入ることによって脳に信号が伝わり、胃では胃液が準備されるように、全体の臓器が一連の動作で働くようにできているからだ。
 免疫機能ともかかわる。
 体の免疫細胞の6割は腸管にあるが、経管栄養が続くと、簡単に栄養吸収ができるために小腸の柔突起が萎縮。細胞数が減り、免疫力は低下する。 さらに言葉は、食べる行為の延長線上にある。特に言語障害を伴う脳梗塞のような場合、食べる訓練そのものが言葉につながる。角町が手掛けたある女性は脳腫瘍摘出で植物状態だったが、口腔リハビリによって「心の出口」が開き、歌を歌うまでに回復した。

 小児と矯正の専門医だった角町に転機が訪れたのは1991年。長崎県の医療関係者が集まった「寝たきりゼロ戦略検討会」に、歯科医師の代表として出席した。
 「歯科は歯を治せばそれで終わりと思ってませんか。義歯を入れた患者に対して、使い方、噛み方、話すときの口の動かし方などについて、最後まで責任を持ってかかわっていますか」 角町は医師たちの問い掛けに窮した。虫歯治療や歯列矯正には取り組んできたが、食べる、話すといった機能の障害については考えたことがなかったのだ。
 かかりつけ歯科医として、医療・介護の現場と連携をとりながら、健康な口の育成や生活の再建に力貸す一。新たな使命を見つけた角町は、それから訪問診療、救急医療など、ありとあらゆる局面で口腔ケアやリハビリ訓練の展開を始めた。
 「あきらめないでほしい。口から食べることを」。角町は一人でも多くの患者に、生きる力を取り戻してもらうため、毎月、在宅と施設の約200人の訪問診療を続けている。