「生き証人」が語る真実の記録と教訓〜大震災で「生と死」を見つめて 吉田典史

【第11回】 2011111

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吉田典史 [ジャーナリスト]

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ベテラン歯科医師が遺体安置所で感じた矛盾と焦り
現場の連携は極限状態で「最悪」を想定していたか?
――日本歯科大学 都築民幸・教授、岩原香織・講師のケース

1

 

 311日の震災から半年以上が経ち、被災地での行方不明者の捜索は壁にぶつかっている。遺体の腐敗は進み、顔や体で識別することが困難になっている。 そこで、歯科医師による歯科所見やDNA型、指紋による判定が注目されている。

 今回は、震災直後に被災地に入った歯科医師への取材を通じて、「大震災の生と死」を見つめる。連載第1では検死をテーマにしているので、併せて読んでいただくと、現場の実態を一層よくつかむことができると思う。


はるばる安置所に到着した2人の歯科医
遺体から聞こえてくる“声にならぬ声”

http://diamond.jp/mwimgs/6/8/200/img_68243d3949294b425bb3ca63a36152b324656.jpg日本歯科大学教授の都築民幸氏と講師の岩原香織氏。東京・千代田区の同大学にて

 313日、宮城県気仙沼市の小学校の体育館――。2人の歯科医師の前に、130体ほどの遺体が床に並ぶ。2日前にこの地域を襲った津波による犠牲者だ。 日本歯科大学教授の都築(つづき)民幸氏、同大学講師の岩原香織氏は警察庁から依頼を受け、前日に都内から駆けつけた。

 2人はこれまでに事件や事故、自殺などで身元がわからない遺体に関わってきた。警察の依頼により、それらの遺体の検査やその記録、さらに生前の歯科情報との照合などを行なう。それが、遺体の身元特定につながる1つのきっかけになる。

 都築氏は2001年、新宿・歌舞伎町の雑居ビルで火災が発生し、44人が死亡した事件に関わったことで知られる。経験豊富な2人も、ここまで多くの遺体を一度に見るのは初めてだった。都築氏は、「震災直後ということもあり、遺体の損傷は少なく、比較的きれいだった」と振り返る。

 「小さな女の子の遺体があった。その前で、おばあさんが『早く見つけることができなくて、ごめんね』と泣いていた。それを見ると、動揺するものはあった。家族の元にご遺体を早くお返ししないといけないと、強く思った」  

岩原氏は、山の中などで自殺した遺体を検査することがある。自殺の遺体では、運転免許証など身分証明書がない場合がある。警察の依頼で、身元を確認できるように検査をするのだが、こんな思いを抱くことがある。   「この人は、あえて身元がわからないようにして死を選んだのかもしれない。それを私は、はっきりさせようとする。もしかすると、自殺した人は “余計なお世話”と思っているのかもしれない」

 313日、底冷えのする体育館に並ぶ遺体を見たとき、“ある声”が聞こえたという。

 「私のそばに、おばあさんと女の子の遺体があった。あばあさんが 『早く、この子の身元を調べてあげて……』と話しかけてきた気がした」  そのとき、岩原氏はこう思った。

 「この人たちを絶対に家族の元にお返しする。子どもは、きっと家に帰ろうと思っていたはず。親たちは、その子が帰ってくるのを待っていたに違いない」

 2人は、遺体を1つずつ見て回った。まず、胸の上にある遺体カードを確認する。このカードには、身元情報などが書かれてある。2人は、それらの中から身元がわからない遺体を探した。130体のうち、20体ほどは身元不明のものだった。

なかなか進まない警察の検死作業
遺体を前に成す術がない“虚しさ”

 だが、2人はそこから先の作業に関わることはできなかった。遺体安置所にいる警察の現場責任者がこう言った。 「まだ、こちらは遺体の検死を終えていない。ここで待っていてもらえないですか……」 2人は遺体の前で立ったまま、時が過ぎるのを待った。都築氏は振り返る。 「被害が大きかったから、警察内部で混乱していたのかもしれない。警察は、私たちがどのような作業をするのかを、詳細には心得ていなかったのかもしれない」

被災地の遺体安置所では、次のような流れで検死が進められていた。 まず、警察が泥などにまみれたままの遺体の写真を撮影する。その後、水などで泥を洗い流す。そして、顔のアップなどの撮影。そのうえで、身元確認。この際、ほくろ、手術痕などの身体的特徴や、身に着けていた運転免許証、健康保険証などを手がかりにする。

 ここまでの時間は約30分。その後、医師らによる検案が15分ほど。ここで死因が診断される。そして、歯科医師による歯科所見採取へと続く。これが20分ほど。

 都築氏と岩原氏が訪れた遺体安置所では、2人が歯科所見採取を行なう前の段階で、作業が滞っていた。警察による検死や医師の検案が、終わっていなかったのだ。

待たされている時間が惜しい――。
衣服を畳む手伝いでもよかった

 都築氏は、そのときの思いを吐露する。   「我々としては、あのような時間が惜しい。2人が行く前の数日の間で、地元の警察や医師は検死・検案を行なっていた。批判するわけではないが、その時点で効率よく進めることができる体制を考えることが、必要だったのではないか」

 2人はその日の朝、宮城県県警本部(仙台市)に着いたときのことを振り返った。
警察から被害の状況などの説明を受け、これから向かう遺体安置所について聞かされた。 首都圏から宮城県に派遣された6人の歯科医師は、日本歯科大学、東京歯科大学からそれぞれ2人、東京慈恵会医科大学、東邦大学から1名ずつで構成されていた。翌日、神奈川歯科大学から2人が合流した。 警察の当初の方針では、6人は各地の安置所で1人で作業をすることになっていた。

 都築氏は申し出た。 「それでは作業の効率が悪くなる。ペアを組む形にさせて欲しい」それが受け入れられ、都築氏と岩原氏は、警察車両に乗り、3時間半かけて気仙沼市に向かった。都築氏は、そのときを思い起こすかのように話す。 「警察と歯科医師との日頃からの話し合いや訓練を、改めて考え直す必要があると痛感した」 岩原氏は、遺体安置所となった体育館で遺体を前に成す術がないことに虚しさを感じた。

 「ご遺体の衣服を畳んだりすることでもいいから、関わらせてもらいたかった。それで少しでも作業が進み、早くご家族の元に帰れるのであれば、私にできることはさせてもらいたかった」

 警察の現場責任者は、「ここで待っていて欲しい」と答えるのみだった。20人ほどの遺体の検査は、その後もすることができなかった。

泥水で顔を洗い、口の異物を取り出す
祈りを込めて丁寧に歯科の検査を進める

 2人はその後、1週間の滞在で26体に関わった。警察・医師の検死、検案が終わり、その中で身元がわからない遺体があると、2人の作業が始まる。 まず、顔の泥をとる。すでに警察がとっているのだが、ところどころに泥が残ったままになっているものもあった。水があまり使えないので、泥水で洗うこともあった。 その次に、顔の写真を撮影する。私が取材の際に見た限りでは、警察が撮る際のカメラのアングルは、正面よりも数センチ下だった。それに対して、2人は正面よりもやや上の位置から撮る。

 都築氏は、「寝ている顔を正面から撮ると、普段の顔つきとは違った印象に見える。やや上から撮影するのが、実際の表情に近い」と言う。 さらに、今度は口の中を撮る。だが、津波によって亡くなった遺体の口には、砂や泥が入っていることがある。がれきはなかったが、虫がいるときもある。海中に長い間放置されていた遺体の口の中には、ヘドロなどもある。2人は、ティッシュ・ペーパーを指に巻きつけてそれらを取り出す。

都築氏は説明する。 「遺族は、泥や砂などが口に詰まったままの遺体を見て、『うちの主人だ』とわかるわけではない。あくまでも生前の状態を思い起こし、判断をする。それならば、きれいにしないといけない」

 3月に見つかった遺体の歯は、その多くがきれいだった。高齢者の入れ歯も外れていないものが多かった。人の体は死んだ後、数時間後に「死後硬直」が始まり、全身が硬くなる。そのピークは、死後1214時間後と言われる。このときに、口の中を開けようとする際は、開口器を使う。 2人が関わった遺体はそのピークを過ぎていたが、寒冷の影響か、ほとんどの遺体で開口が必要だった。開口させ、口腔内の清掃をした後、歯の写真を撮る。 正面からの写真は家族が記憶しているかもしれないから、上下の咬み合わせ面の写真は、記録の確認と治療した歯科医師が記憶しているかもしれないから、必要なのだという。

 その後、歯科所見採取となる。歯の治療痕などを目で見て、手で触り、確認する。都築氏が検査し、岩原氏がデンタルチャート(死後記録)に記録する。その後、検査と記録を交替し、確認する。そして、遺体安置所にいる警察にそれを渡し、県警本部で遺体ごとにデータを作る。

生前の歯科治療データは有効な手がかり
慣れていない医師の中には躊躇する者も

 身元を判明する際、このデータが大切になる。たとえば、行方がわからない親や子どもと似たような遺体を遺体安置所で見つけると、家族はその旨を警察に伝える。

 そして、その親や子が生前、歯科医院で治療をしていた際のカルテデータを歯科医からもらい、警察に提出する。県警本部では、そのデータと都築氏らが検査したデンタルチャートの双方を照合して絞り込む。このように、歯科所見による身元確認は、生前のカルテ情報が大きな意味を持つ。 都築氏らが1回目に被災地を訪れたのは、震災直後ということもあり、その場で照合作業をすることはなかった。4月下旬、2回目に派遣された岩手県の宮古市では、照合をすることがあった。

 ここで私は疑問を感じた。今回は、多くの歯科医が被災地に派遣されているが、たとえばクリニックなどに勤務する医師は、遺体を見たことがほとんどないはずだ。そのような医師が、この2人のようにきめ細かい対応ができるのだろうか。

 都築氏はこう答える。   「通常は視診、触診と診察を進めていく。だが慣れていない医師は、遺体となるとなかなか触れない。口の中に手を入れて歯の状態を確かめることは、一段と難しかったのかもしれない」   都築氏は、他の歯科医師が「親知らずがある」と書いたデンタルチャートを読み、疑問を感じた。口腔内を見ても触診をしても、それがある様子はない。そこでレントゲンを使用して確認をすると、その歯はなかった。レントゲンは、デジタルX線装置を使う。地域によっては、この撮影は一時期まで行なわれていなかった。

きっと医師も警察も、あの遺体の数に
圧倒されていたのかもしれない――。

 岩原氏も、一例として、別の安置所で活動していた歯科医師から聞いたという、「推定年齢8歳以上」と判断された遺体の話を挙げた。その遺体は口腔内を見ても、永久歯はなかった。レントゲンで確認すると、骨の中に6歳臼歯があり、その他の歯科所見からも、45歳くらいではないかとのことであった。

 さらに、意味深いことを話す。

 「ご遺体の身元を判明させたいという思いは皆、同じだったと思うが、その検査をどのレベルまで行なえばよいかが、十分に理解されていなかったのかもしれない」

私は同様の指摘を5月〜7月頃に、被災地の病院に勤務する医師数人や消防団員から聞いていた。「安置所では、わずか数分で死因などを判断していた医師もいた」ということも耳にした。

 都築氏は静かに語る。 「警察も歯科医師も、あの遺体の数に圧倒されていたのかもしれない……」


“生き証人”の証言から学ぶ防災の心得

 都築氏と岩原氏の話から私が感じ取った、今後の防災を考える上で検証すべき点は、主に以下の3つである。

1.歯科医師を被災地へ派遣する体制を整える

 私が警察や海上保安庁などでPTSDの実態について聞くと、話題になるのが被災地に派遣された歯科医師のことである。警察はや海上保安庁は、外部の医師らにPTSDの検査を委託しているが、そこに歯科医師が診療のために現れ、「夜、遺体の夢を見る」とか「自分も死にたくなる」などと症状を訴えるのだという。

 被災地に駆けつけた歯科医師には、「義侠心」や「使命感」があったのかもしれない。それは、称えられていいのかもしれない。だが、遺体を扱うことがほとんどない歯科医師にとって、4月中旬以降の検査などは耐えられないものではなかったかと私は思う。

 都築氏は、4月下旬に岩手県に派遣された。私の取材経験で言えば、この時期の遺体の姿、特に顔は相当腐敗が進んでいる。津波の水圧などで腹部が圧迫され、顔がうっ血している遺体も多い。腐敗はうっ血しているところから進みやすい。これは、顔が白骨化する直前の段階である。相当な心理的ダメージになったのではないか。

 都築氏にその点に尋ねると、「義侠心だけでは、歯科医師としての対応はできないのかもしれない」と答えた。さらにこうも指摘する。「一定の訓練をしていても、十分に考え、心の準備をして臨まないと、誰かにご迷惑をおかけしたり、自分が大変な思いをすることがある」

警察と経験の浅い歯科医師がタイアップをすると、そこには問題が生じるように思えてならない。双方とも、遺体の数に圧倒され、流れ作業になる可能性がある。私の想像の域を出ていないが、警察は医師に対して、「検案書に“溺死”などと書いてくれれば、死因を深く調べる必要はない」ということを感じさせるような言葉を、口にしていたのかもしれない。

 さらに医師の中には、遺体の死因をさほど調べることもなく、安易に「溺死」と判断した人もいるのかもしれない。 今なお多くの人が行方不明になっており、遺体の照合などで混乱が続く。その一因として、このような検死のあり方が何らかの形で影響を与えているのかもしれない。

 今後は、日本法歯科医学会や、各地の歯科医師会などが一段と提携し、被災地で質の高い医療や歯科所見採取などができる医師を育成することが必要だろう。この試みはすでに行なわれているが、一層強化させることが大切に思える。

 大事なことは、場数を踏んだ医師のノウハウを全国の医師が共有することではないか。「共有」というのは、経験の浅い医師からすると「受け入れる」ことを意味する。そこでは、プライドなどを捨てることも求められる。

 それが分岐点になる。経験値の高い歯科医師らのノウハウを受け入れることなく、これまでの方法に固執すると、その地域における歯科所見採取のレベルは上がらず、遺族や亡くなった人が報われない。

2.現場の警察官と歯科医師との連携を促す

 2人の証言からは、被災地の警察による遺体の検死には、課題が残ったことがわかる。特に遺体安置所の責任者の対応には、問題があるように思える。県警本部と遺体安置所との意思疎通にも、検討すべき課題がある。

 もともと三陸地域は、凶悪犯罪が都内に比べて少ない。そのため、身元がわからない遺体に対し、歯科医師が何をするのかといった情報が、警察の現場に浸透していなかった可能性がある。

私はこの半年で、80110人ほどの遺族から遺体安置所の実態について聞いているが、警視庁が入っているところは評判がおおむねいい。警官は顔写真を見せながら、遺体があった場所、遺体に触ると感染症などの恐れがあることなどを、遺族に丁寧に説明している。ただし、検死については具体的に説明していない。これは今後の課題と言える。

 凶悪犯罪などが頻発する都内を管轄する警視庁は、遺体の扱いはもちろん、身元不明の遺体への対処もよく心得ているからなのではないかと思う。   2人の医師も、「宮城県の石巻市には警視庁が来ていて、検案所のレイアウトなどはよく、円滑に活動ができた」と話す。

 今後、大きな災害に備え、遺体の扱いや検死、遺族への接し方などについては、都道府県の警察も警視庁のスタイルを共有することを検討するべきだろう。その際、日本法歯科医学会や、各地の歯科医師会などとの連携も、当然必要である。

 特に警察の現場と日本法歯科医学会との関係強化は、急ぐべきなのではないか。今回、被災地の一部の警察には、「外部の力や知恵を拝借する」という謙虚さも求められているように思える。

3.「想定外」という言葉を使わず「最悪」に備える

 都築氏は、今回の震災で「想定外」という言葉が安易に使われていることを問題視する。そして、「歯科医師の間にも、事前に被災地の状況や遺体の様子を心得ていない人がいたのかもしれない。それが、現在、PTSDが増えている理由の1つ」と分析する。 

 PTSDになる医師が少ないある県の歯科医師会では、遺体に接する準備がよくできていたという。岩原氏は、派遣前の準備についてこう説明する。

 「ご遺体の状況は想像していた。夜は、遺体安置所でその横に寝ることまで考えておいた。だから、現場でうろたえることはなかった。万が一、津波や地震に襲われることも想定し、身分証明書代わりになるものを身に着けていた」

さらに言えば、被災地ではその地域でしか通用しない対応を、続けていたところもある。たとえば、その1つがデンタルチャートだろう。被災地に派遣された歯科医師からは、「全国から歯科医師を受け入れていながら、その地域にしか通用しないデンタルチャートを使うように促されていた」という話も耳にする。これでは、全国から駆けつけた医師は、スムーズな対応ができない。

 2人にデンタルチャートの件を聞くと、こう漏らした。

 「数年前に、全国で使用されているデンタルチャートを調べたことがあったが、統一されているとは言えなかった。しかし、歯科医師であれば、その地域にしか通用しないデンタルチャートであろうとも、どこに何を書くかわからないことはない。むしろ最大の問題は、歯の図についての記入要領が統一されていないことだと思う」

 これもまた、日頃から「最悪」の状況を想定していなかったツケが回ってきたとも言えないだろうか。もしかしたら、当初は他の地域から医師を受け入れる考えがなかったのかもしれない。その煽りを食うのは、遺族であり、亡くなった人たちなのである。

 「最悪」のことを想定し、準備ができていたからこそ、2人はこのような思いで職務に当たることができたのだろう。都築氏は安置所で、腐敗が進んだ遺体にしがみついて泣く家族を見た。そのときの思いを、言葉を噛みしめるように話す。

 「しっかりと検査をして、ご遺体を必ずご家族にお返しするという思いを強くした」

 岩原氏は、遺体を安置所に運び込む消防団員たちが、「一家全員が亡くなったようだ」と話すのを聞いたとき、こう思った。 「たとえ返せるご家族がなくても、そのご遺体がどなたのものであるかがわかるように、しっかりとした検査を行ないたい」

 2人のような医師を称える世論や文化をつくることも、防災力を強くしていくために大切ではないかと私は思う。連載第1の記事では検死をテーマにしているので、そちらも併せて読んでいただくと、被災地での検死のあり方について、理解が進むと思う。